インドカレー『SOL』 店主 吉田光寛(特別編)

三重県の河原へピクニック。吉田さんと長男はるひ君(2011年撮影)2012年中に右隣も『SOL』になる。 装飾は殆どが径子さん作。やはりどこか可愛い。隣の部屋(現在改装準備中)にはおもちゃが散乱! 吉田家の面々。あらゆるところがインディーズ。

「これからが本当の始まり」

前回では店が誕生するまでの道のりを辿り、最後に、開業してから5年経った今も特に大きな変更はないと書きましたが、これはあくまで店としての話です。

実は吉田さん径子さん夫妻にとっては大きな出来事が二つもありました。それは、2008年に長男はるひ君が、2012年の今年には次男ゆうひ君が誕生したことです。茨の道を二人で支えあいながら歩んできたことの最高の賜物です。

ちなみに長男はよちよち歩きのときから『SOL』の味が大好きです。特にチキンには目がない。一度、三重県の河原へ10人くらいでピクニックに行ったことがあるのですが、その際も吉田さんが持ち込んでくれたタンドールチキンを両手でむさぼり、口の周りを真っ赤にしていました。

もちろん店でも機関車トーマスのおもちゃなんかを眺めながらカレーとナンを頬張っています。物心がつく前から、彼は『SOL』の味を知ってしまっている。なんとも末恐ろしい子だ、と思ってしまいます。さて、まだ赤ん坊のゆうひ君はどんな子になるのでしょうか。先が楽しみです。

径子さんはこう言います。
「これで後継ぎはもう問題ないよ。一日でも早くタンドールとカレーを体得してもらわないとね。この子たちを職人に育て上げますわよ!」。

ちょっと冗談のようではありますが、目の奥を見るとどうも本気のようにも思えてきます。実際に二人が大人になってみないとわかりませんが、『SOL』はどうなっていくんだろう、とワクワクで仕方がありません。

2代目タンドール職人ブラザース、になったりして。いや、その前に径子さんがやってたりして。実際、彼女は手が空いているときなどに、タンドールを触ることがあるそうです。
「もちろんまだ上手くは出来ないけど、私もおいしいナンを焼いてみたいな〜って」

まぁ、そんな楽しみだらけの吉田家の面々ですが、まもなく決行するであろうと思われる計画がひとつだけあります。なんと店の拡張化です。

「結局、隣も借りることにしたんです。すでに隣との壁は取り壊していて、ぼちぼちと準備を進めているところです。できれば年内中(2012年)に整えて、来年からは万全の再スタートが切れればなぁって」

今年の夏、吉田さんたちが悩んでいたのを僕は知っています。『SOL』は3戸のテナントのうちの真ん中に位置し、一方が焼鳥屋で今なお健在、もう一方がバーだったのですが退室。そこで大家さんから「よければ隣も借りてくれないか」と声がかかったのです。

「隣のバーは何十年も入っていた古株で、まさか出て行くとは思っていなかったし。そもそもここで店を大きくするつもりもなかったですから」

突然のことで戸惑っていたようです。しかし、偶然にもちょうど次男が誕生する頃と重なっており、仕事に対しては前向きの心持でした。二人は考えに考えた結果、壁を潰すことを条件に借りることにしたのです。いい流れ、いい縁だと僕も感じました。

拡大して具体的にはどうなるのでしょうか。聞けば、カウンターの6席がおそらく倍ほどに、さらにテーブル席もできるかもしれない、と。もちろんまだイメージですから、どのようなレイアウトになるかわかりませんが客席の倍増は間違いないようです。

現在、店の前にはしばしば人だかりができてしまい、狭い歩道を塞いでしまうこともあります。また、時間がかかることで帰ってしまう客も。客席を増やすことは急務といえます。

さらにシステムもがらっと変えるようです。カウンターで注文と支払いを済ませてから、客が自分でトレイをもって席につく、いわゆるキャッシュオンデリバリーです。テイクアウトの客も同様のカウンターで注文することになります。

これは店側の合理化もありますが、客側もよりリーズナブルに、そして気をつかわないですむことがメリット。現代人の多くは、むしろこうして自分のことは自分でやる、というのが当たり前になりつつあるかもしれません。僕のバーもキャッシュオンデリバリーでしたからよくわかります。

あと、チャイとラッシーのミニサイズを用意。価格はなんと100円!(って書いちゃったけど大丈夫かな…)。さらにさらに大好きな生ビールを復活とも。これは薄いプラスティック製のコップ入りで1杯300円!う〜む、とことん庶民の味方でありがたいです。

また、相変わらず定食はありませんが、ナンとライスの小盛りセット300円なるものができるかも!これもまた、ナンの気軽なテイクアウトに引き続き、ありそうでなかったスタイルだと思われます。

だから注文としては、”チキンカレーを、ナン・ライスのセットで!”「はい、かしこまりました。お客様、チャイなどはいかがですか?インドのおいしいミルクティでございます。100円でお飲みいただけます!」ってな具合でしょうか。なんだかファーストフード店のようでもあります。

タンドリーチキンは現在骨付きの手羽元肉を使用していますが、ひょっとしたら胸かもも肉を使ったチキンティッカ(味は通常のタンドールチキンと似ているが骨がないので食べやすい)に変える可能性が高いそうな。

いやはや、『SOL』は大きな飛躍の時を迎えているようです。

他人のアイデアを集約してはおいしいとこどり、といった真似事ではありません。郊外の郊外、さらに側道のような車道と狭い歩道沿い、3軒並ぶテナントの窮屈な真ん中のポジション。商売を繁盛させるには難関だらけのこの場所で、5年間こつこつと歩いてきたからこそ得られた案だということがポイントです。まさにどこにもない、インディーズ『SOL』だけの進化のカタチです。

吉田さんはこんな言葉で締めくくってくれました。
「いままでは音楽一色、酒ばかり飲んでは風に吹かれてふらふらとした生活でした。けども、径ちゃんと出会ってから人生が180度変わりました。ほんま、迷いや不安もありましたが、今は、あぁこれが自分の居場所だなぁと、とてもしっくりときています。ようやく人生の本番が始まったという気がします」

最近、店のカウンターの隅に面白いものがおいてあることに気付きました。えらくこじんまりとしたドラムスティックが2本。よく見れば頭の部分が鉛筆になっています。”なにこれ?面白いもんがあるやん!”

「あぁ、これスティック鉛筆です。面白いでしょ?径ちゃんが買ってきてくれたんです。また音楽もやったらええやんって言うんですわ。忙しくて、なかなかそういうわけにはいきませんけどね」と、照れくさそうな吉田さん。

二人の信頼関係。この形のないものこそがどんな荒波にも打ち勝つことのできる最強の武器だと思います。これからの『SOL』はどうなっていくのか、楽しみで目が離せません。

『SOL』 おわり