工房『wood face』木工作家 阪口 孝生(前編)

「木工作家が創る舞台」

ここは三重県松阪市郊外の工場です。敷地の隣は何かの倉庫のようですが、基本的に周囲は田園という穏やかなところ。工場は体育館を縦に2つ並べたほどの巨大なものです。

キュイイイイ〜〜〜〜ン、クインックインッ、キュイイイイイイ〜〜〜ン・・・・・・。
大きなテーブル型の電動ノコギリの激しい音が高い天井に響き渡ります。

”お〜い!阪口君っ、ひさしぶり!”

いつものことながら彼はまったく気がつきません。手で木をしっかりと押さえ、一点を凝視しながら電動ノコギリで切りわけていきます。

”お〜いっ、もしもしっ、こっちこっち、来たよ!”

僕は鋭利なノコギリの正面に回り込み、ふにゃふにゃの顔をして手を振ります。そこでようやく気付きました。
ズイイイイ〜〜〜〜〜ン・・・・・・・・。

スイッチを切り、機械の音が徐々に小さくなっていくと同時に、FMラジオの音が蘇ってきます♪

「あぁ、ごめんごめん!ようこそ」
髪の毛、眉毛やまつげ、耳の辺りにも。今日も阪口君は木屑まみれでした。

彼の名は阪口孝生さん。木工作家です。工房の名は『wood face』。これを書いている2013年4月現在、インターネットを検索してもどこかにちょこんと名前がある程度で、でかでかとは出てきません。

しかし、彼はずっと注文に追われ、休む間もないくらいに忙しい。お客さんの口コミだけで評判になる、という隠れた逸材です。殆どは三重県内の個人や飲食店からのオーダー。依頼される家具の種類は様々ですが、やはり日常的な椅子や食卓が多いようです。

そう、今回は同じ「食」でも、食卓を作る職人です。

阪口君を書きたいと思っていた理由はふたつあります。

ひとつは家具の中でも特に食卓や椅子は「食の舞台」だと、ずっとそう痛感してきたから。音楽に例えると、料理は音楽家、食器は楽器、そして舞台が食卓です。

舞台はあくまで主役を支える存在。そこに人が注目することは、まずないと思われます。そんなだから、ふと舞台をどうにかしたいと思ってみても、いったいどうしていいことやら。

そんなときに「ふさわしい舞台とは」「どこにもないオリジナルの舞台とは」ということを共に考え、とことん創りこんでくれるのが阪口君なのです。

そしてふたつめは生き様。無口で何を考えているのかわからない、と彼は人からよくそう言われているそうですが、少しずつ伝わってくるのです。言葉よりも確かな感覚で。

「男の生き方とは」「本物の仕事とは」「誰かの役に立つこととは」などといった、今時なら古臭いとか堅苦しいとか言われそうなことが、です。

阪口君を見るたびに、いろんなものが支え合ってひとつの「味」になっている、ということを強く感じます。

話を工場へ戻しましょう。
この日はなにやら細かい部品を作っているようでした。長さ50センチくらい、太さ5センチほどの曲がりくねった棒などが何本か置いてあります。

2メートルほどの何枚かの木の板に阪口君はチョークでサーーーっと線を引き、GやAなどと文字を書いていきます。そして、図面を見てはまた線を引き、今度は鉛筆で型を取ったり。時々図面と木材の両方をきょろきょろと見直しては、またサーーーっ、カキカキ。

僕は思わず図面を覗き込みました。が、なんとなく椅子であることはわかるのですが、どのような形のものかなど、さっぱりわかりません。

「昨日まで大きな仕事をやっとったもんやから、ようやく今日はこの椅子にとりかかれるんよ。このお客さんもずっと待たせてしもてるから、はよう作らんならん」

”ほほぅ、これはお客さんのオーダーメイド、それとも阪口オリジナル?”

「うん、これは今年のオリジナル。この前、椅子をテーマにしたグループ展に参加したって言うてたやんか。あのときに初めて公開したんやけど、これがなかなかいい手応えやったんさ」

”名古屋や岐阜なんかからもお客さんが来てくれたって言ってたあのイベントやね。そうか、それほどに好評だったんだ”

「そう、なんかね、今までとはちょっと違う感覚なんよ。あのときにはっきりと確信できたんよね。あぁやっぱり妥協はしたらあかんのやって。それこそがお客さんが欲しがってるもんやってことが、やっとまっすぐに受け入れられた感じ」

グループ展とは2013年3月、三重県津市のギャラリー『VOLVOX』(ボルボックス)で開催された『手仕事の工房展-椅子-』のことです。三重県内の9人の木工作家と1人の金属作家による展示会でした。

彼の口から「妥協しないことのほうが喜ばれる」なんて聞くと、これほどに嬉しい話はありません。

その「展示会に出した椅子」というのはどういうものか。見せてもらいました。

部屋に置かれていたのは、一見はちょっと四角張った感じがするけど、何の変哲も感じない椅子でした(笑)。

と、これが座ってみると、なんとも実に快適。いや、瞬間的にではなく、じんわりといい気分。床に当たる部分はわずかに曲線を描いており、ゆらゆらと大きく揺れるわけではないけど、でも確かにロッキングチェア。

座面が横にも広いので、僕のような腰の大きな男でもゆったりとした感じを覚えます。さらに手触りが堅い感じなのですが、不思議と冷たさはない。わずかな面取り、細かい仕上げがそう感じさせるようです。

またロッキングチェアといえども腰を落ち着けすぎず、普段のカジュアルな使い方ができそうに思うのは、肘を置く部分が高すぎないからでしょうか。また、背もたれなどは通常なら頭まで囲うほどの高さになると思うのですが、これは肘おきより10センチほど高くなっているだけ。

なのに低く感じないから不思議です。よく見ると、背もたれは身体を受け止めるようにわずかに傾斜しており、中央部が丸くくぼんでいます。使いようによっては軽い食事もできそうな安定感があります。もちろん読書もテレビや音楽鑑賞もイメージできます。

線が細いので実際の重量は軽い。僕の母親はもう80歳を目前にしたお婆ちゃんですが、きっと彼女にも合うんじゃないかというくらい、広い世代に合った椅子だと思いました。

阪口君の作品は基本的にいつもこういうバランス感があり、見ても触っても彼のオリジナリティが伝わってきます。

僕はつい、「お袋に買ってやりたい椅子だ」と言うと、普段は一点を凝視したような目つきの彼が、ふんわりと穏やかな笑みをこぼしました。

主張は感じず。でも、ちゃんと個性が見えるし感じる。そしてなによりも、人を守りたい、支えたい、などという優しさに富んでいる。ここまで感動できる椅子はそう多くないと思います。

阪口君は言います。
「オリジナルの椅子だけども、実際にはお使いになる方の生活のスタイルや身体の形なんかが各自違うもんやから、それに合わせて調節したいと思ってるんさ。だから、その方にお会いしてから作るのが一番いい。でも皆さんもいろいろ都合があるから一概には言い切れないけどね」

オリジナルと聞くと、他にはない形や材質などと見た目ばかりに意識が向きますが、阪口君の場合はそれだけでなく、個人に合わせて丁寧に創り上げていく、という作業のあり方もオリジナルなんですね。

このオリジナルの椅子は展示会に来た3人のお客さんから注文されているといいます。

「実際に作り出したら2週間ほどでできるんやけど、今回はもう1カ月以上も待ってもらってる。ほんまにありがたいことですわ」

”じゃあ今日からは毎日椅子作り?”

「そうです、一刻も早く。だから毎日」

阪口君は来る日も来る日も、朝から夜遅くまで木と向き合い続ける毎日です。

つづく


工房『wood face』

三重県の松阪市を中心に活動し続ける木工作家。150坪を越える広大な工房をもち、その隣にある自宅は倉庫を自分で改装したもの。公私共に木に囲まれた暮らしをしている。仕事の内容はオリジナル、オーダーメイド、飲食店等の内装など。個人、飲食店、ホテル、学校などと幅広く、口コミで徐々に人気が広がっている。現在は直接取引が主で、依頼者と打合せを重ねながら作成に励む。1972年、松阪生まれ。

●三重県松阪市立田町217-1
0598-28-2340
http://woodface.web.fc2.com