工房『wood face』木工作家 阪口 孝生(中編)

「ある食卓の話」

時は遡って2007年のことです。
大阪の郊外、箕面市の一角に、僕は厨房と書斎をセットにしたちょっと変わったアトリエを作りました。

基本的に日曜日のみ、一般のお客さんも招いて、そのときに研究している料理を提供していました。このアトリエの詳細については、また別の機会にするとして、今回は阪口君の話にしぼります。

このアトリエを開設した際、自分が食事をする場所として、時にお客さんが使う場所として、そしてたまに料理写真の撮影をする舞台として、阪口君に食卓を依頼したのでした。

面積は約9坪。元は倉庫でして、床はコンクリートにクリーム色の防塵塗料を塗り、壁も白色、3メートル近くもある天井にはいくつかのスポットライトを備え付けました。

このライトは、すべて料理のためをイメージして装着しました。だから、それなりの舞台が、ここにぴったりの、個性的で使いやすいものが欲しかったのです。

僕の相談に二つ返事で快諾してくれた阪口君はすぐに下見に来てくれました。

話をとことんヒヤリングして、スペースの細かい計測、全体のイメージをより鮮明にしていきます。

こちらのリクエストは、やや古びた感じの色合い、4人がけと2人がけの2セットで組替自由、そんな感じです。

そして阪口君はしっかりと感覚と条件を持ち帰り、しばらくしてから彼のほうから少しずつ提案もでてきました。

材質は三重県の杉を。色は焦げ茶色で、古めかしさを表現するために、食卓の表面は木目を浮かせるようにして。また、4人がけのテーブルにのみ、こっそりと引き出しをつけよう。などなど。

ちなみに材質については、僕が三重県を心の故郷のように慕っていることからそうなりました。都合のいい形や予算だけでなく、こういう「思い」の部分も阪口君は作品に取り込んでいきます。

こうして最初の相談からデザインが決まるまで、阪口君のほかの仕事の混雑具合にもよりますが、だいたい2週間程度を要しました。そして実際に作品が完成するまでさらに2週間。トータル約1カ月ほどの時間がかかりました。

話を煮詰めてようやく形が決まり、それが作られていくまでが実に待ち遠しくてワクワクします。当初、思い描いていたものとも少し違うから余計にドキドキ。ここだけの、世界にひとつしかないオリジナルの食卓。早く来ないかな〜♪

そして、ついに「完成」の一報が入ります。配達の日取りも決まりました。場合によっては配送業者に依頼することもあるそうですが、阪口君は基本的に自分が現場まで配達するのだそうです。

配達の当日、彼のバンの荷台から待望の食卓がえっさほっさと運び出されてきます。それは思い描いていた古風な色と質感でありながらも、やはりまだ産まれたばかりの新鮮な輝きもありました。

むきだしのままの床は歪んでいるので、下部にはちゃんと調節ネジもつけてもらっています。椅子は元々僕の家で使っていたものと、それこそホームセンターで購入してきました。

高さは人間工学的に平均的とされる70センチ。2人用の表面は1辺が75センチの正方形。4人用は長辺が130センチ。家に置くならやや小ぶりに感じるかもしれませんが、飲食店の目線なら大きめとも言えるサイズです。

そして何より、表面の大きな木目の渦を中心に、外へ行くほどだんだんと線も間隔もさざ波のようになっていく模様がたまらない。僕は手の平で撫でながらうっとり。と、そのとき木目が浮き彫りになっていることに気付きました。

「うん、これは”うづくり”という技法で、竹串を束にしたような道具でガシガシと削っていくんですわ。で、鈍い光沢があるのは仕上げにオイルを塗りこんでいるから。使うほどに渋み、味わいが出てくると思います」

”そうか、こいつは三重県で産まれた杉なんやなぁ。ようこそ大阪へ!これからは俺が大切に磨り減るまで使い込んでやるからな”

「あとさ、このオイルやけど、残りが少ししか入ってないので置いていくわ。また、これで磨いてやって。で、ちょっと欠けたり修繕が必要なときはまたいつでも言って。だいたいのフォローはできるから」

1年後、様々な事情から僕はこのテナントを出ましたが、その後は我が家のダイニングに鎮座。毎日この食卓を触っています。

また僕が主宰している小さな雑誌「スパイスジャーナル」(年3回刊のA5の雑誌。2010年3月創刊)の料理写真にもしょっちゅう登場しています。表面が本当に磨り減るんじゃないかというくらい使っています。

触り心地はあの当時よりもややしっとりとしている気がします。すっかり馴染んで、我が家の拠り所として、そして僕の料理の欠かすことのできないバックボーンのひとつとなっています。

別に食卓なんて大量生産の品でOKといわれればそれまでです。しかし、目の前の食卓には阪口君の巧みな技術、そして人を思うことで成し得るこだわりが細部にまでひそんでいます。きっと僕がまだ気付いていない意匠が隠されているに違いありません。

唯一無二、オリジナル。そして飽きが来ない雰囲気と三重県の杉の温かな手触り。細かい話をすれば、採光と陰、お皿を置く位置、カメラの角度などで如何様にも表情を変える天板など。

この食卓には豊かさを感じることができます。それは言い換えれば文化。その日その時の自分の状態で見え方や感じ方も変わります。実用性が伴っている文化としては、ファッションや食器なども同じかもしれません。

だから阪口君はできるだけお客さんと直接会って、いろんなモノを感じ取ってから仕事に取り掛かるようにしています。

「やはりお客さんの話を伺ってイメージを沸かせやんとあかん。下請けの仕事をせなあかんときもあるけど、そんなときはだいたい図面通りに、いわれた情報だけで作るんですわ。でも、そういうのってやっぱりおかしくなるんよ。またそういうときに限って納期が短かすぎたりもするし。

しっかりと煮詰めて、そのお客さんのことを一所懸命に想像しながら創り上げていかないと、いくら時間があろうがなかろうが、そこまでやらないと、あぁやってよかったな、っていう風にはならんのです」

作り手と使う側の相性もあるかと思います。その点では料理も同じですが、これは食べると消えます。しかし、木工家具の場合は家の一部として残り続けることになる。なんだったら自分よりも長く生きるってことも。だから誤魔化しが効きません。

本当は一度会ってみてから、阪口君の作品に触れてみてから、というのがベストなのですが、いかんせん彼は1人で工房を切り盛りするまさに職人。

「店はないのかとよく聞かれます。でも、それをやるゆとりがまったくなくて。いま言えることは頑張って展示会を開くということと、グループ展にも積極的に参加するということです。今年からマジでやりますから。あとはご依頼いただいた飲食店へ食事にでも行っていただくかしかありません」

こんなだから口コミのみなのです。
世界にひとつしかない手作り家具。実に味わい深い世界です。

つづく

【wood face】オリジナル&オーダーメイド作品の種類と値段の目安
*上記写真参照
①②
樺の小物おき3000円(A)
モアビのコースター1枚800円(B)
モアビのトレー(足つき)4500円(C)
取っ手に鉄刀木(たがやさん)という硬い木を入れた胡桃の木カッティングボード3000〜5000円(D)
楢のカッティングボード(小〜大)3000円〜4000円(E)
すべて無着色。


飲食店の場合、食卓ひとつ10万円くらいから。写真はすべて松阪市にあるカフェ・ハンキードゥリー。こちらの店ではレコードラックや壁の装飾なども手がけた。
食卓の一般的なサイズ=長さ1500×幅800×高さ700mm


1枚もの(長さ1600×幅750mmくらいのもの)の無垢でやろうと思えば20万円くらいから。3メートルほどのアメリカの胡桃、ウォールナットだと40万円くらいから。


できるだけ自分で配達する。設置の問題もあるし。もちろん運送屋に依頼することも可能。いずれも別途費用が必要。

『wood face』