胡椒専門店『KURATA PEPPER』 倉田浩伸(特別編)











「街との触れあい・プノンペン」

倉田さんの店『KURATA PEPPER』は首都プノンペンの中でも外国人が多く居住し、今最も変化が著しいといわれるバンケンコン地区にあります。

僕が泊まっていたゴールデンゲートホテルも同じエリア。道はアスファルトで舗装されているものの、歩道は所々途切れていて、建物の新築や改装の工事が数十メートルおきに行われていました。

通りにはトゥクトゥクやバイク、自動車、果物売りのリヤカーなどが行き交っています。その脇をゆっくり歩いて10分ほどの63通り沿いに店はあります。

昨日は農場まで往復7、8時間のドライブ。疲れを見せることもなく、ちょっぴり日焼けした倉田さんは元気な声で「おはようございます!」と迎えてくださいました。

店内には、ブラック、ライプ、ホワイトの各種のペッパーが並び、その隣に酢漬けや佃煮、さらに天むす(Tenmusu)などアイデアをきかせた品もずらり。あらためて商品のことを伺いました。

赤く熟した部分だけを使った大粒のものがライプペッパー。それよりも小粒で緑の実はブラックペッパー。熟した実の皮を取り除いたものがホワイトペッパー。そして、やや辛みの強い中サイズのものは酢漬けに。小粒なものは佃煮にするそうです。

酢漬けは思ったよりも酸味と辛味は控えめでフレッシュな胡椒の香りがぐぐっと湧き上がってきます。そして、この天むすがまたうまい。

ご飯とエビの天ぷらの衣の中からペッパーのいい香りがふんわりと漂ってきて食欲に拍車がかかります。そこに佃煮を載せたらもうそこは日本とカンボジアがドッキング。懐かしくて新しいおいしさに、つい、がっついてしまいました。

と、そのすぐ隣の部屋で白い服と頭巾をしたスタッフたちが何やら作業をしているのが目に入りました。こちらは販売だけでなく加工や選別の作業も行われているのです。

作業風景を見せてもらいました。これが実に細かい作業の繰り返し。本当に一粒一粒指で摘んで選別しているのです。同じ黒でも濃淡の違い、サイズの違い、また実以外の枝のようなものなどがあればそれを避けて選別していきます。

黙々と胡椒を選り分けていくスタッフたち。この作業が終われば最後にもう一度除菌のための洗浄をし天日で干すのだそうです。

3ミリから5ミリの小さな粒ひとつひとつに、こうして大勢の人たちの手が加わり磨きこまれていくのですね。いやぁまったく凄い。これはスパイスのダイヤ!またまた『KURATA PEPPER』の凄さを垣間見ることが出来ました。

食品なのだから当たり前と思いがちですが、こと農作物においては生産だけでなく、加工作業や管理、販売までを一貫して行っている業者は、少なくとも日本国内にはそう多くはないと思います。

ましてやスパイスという限定的な作物。さらに絞り込んで胡椒だけというのは聞いたことがありません。

『KURATA PEPPER』という胡椒専門店が存在していること。その粒の美しさ、ふくよかな張り、香りの芳醇さ、鮮烈な辛味がありつつもじんわりと響いてくるうまみ。さらにオーガニック栽培であること。

そのことが倉田さんの努力と口コミにより、徐々に人々の中に「たかが胡椒、されど胡椒」という意識が浸透しているように思えます。まだ午前中にもかかわらずお客さんが絶えません。

お客さんはカンボジアに住む白人や日本人をはじめ、日本からの観光客も多いようです。ドライものは30〜50g、酢漬けが120g、佃煮が50gで、どれも手の平に収まる程度の大きさ。これを人によっては複数個買って行きます。

『KURATA PEPPER』の信頼感は界隈のプロフェッショナルたちの間にも浸透しています。

倉田さんと共に、店からトゥクトゥクで5分のところにある『ラ・レジデンス』へランチにでかけました。こちらの日本人の料理長、加茂健(かもたけし)さんが語ってくださいます。

「最初はスパイスなんてそれほど大事じゃないなぁと思っていたんですけど、倉田さんのペッパーと出会ってから考え方が一変しました。ドライなのにフルーティなんですよ。これなら絶対に味わいの幅が広くなると思いました」

こちらはシアヌーク前国王の次男ラナリット氏の邸宅を改装した、町で知らぬ者はいないというほどの高級フレンチレストラン。

加茂さんは郷里広島から一度東京へ出て、その後スイスのフレンチレストランで料理人として務めている時にその腕を買われ、カンボジアのこちらへ引き抜かれたのだそうです。

ランチはなんと19ドルと29ドル(プノンペンなどの都市部では米ドルが一般に流通している)の実にリーズナブルなコースが2種類。倉田さんの胡椒を使い、実際にいくつかの料理をしてくださいました。どれも眼を見はるような胡椒の使い方とおいしさです。(詳しくはスパイスジャーナルvol.14にも)

「倉田さんがご近所にいてくださってほんとラッキーです。もうカンボジアから離れられませんね!」と加茂さんは料理と同じように瞳を輝かせるのでした。

そしてこんなところにも。『KURATA PEPPER』から徒歩10分くらいのところにある居酒屋『時代屋』です。こちらは本店が京都にあり、プノンペンでは2号店めとなる「63rd street店」限定で、『KURATA PEPPER』コラボメニューがあります。

豚バラややきとり、とり皮、とり唐揚げなど7種類が『KURATA PEPPER』のライプペッパーを使用。こういうと変かもしれませんが、粗挽き胡椒がたっぷりとかけられたそれからは、じんわりと柔らかい辛みとまろやかな香りがしてくるのです。

今回の架け橋役となってくれたカンボジア在住のアケヒロシ君も誘い、やきとりをつまみにアンコールドラフトビール(ジョッキが1ドル!)を3人で飲みました。この後やっぱり(?)焼酎へとエスカレートし、我々はますます熱くなっていくのでした。

さらにお店から車で5分くらいのところにあるイタリアン『ポップ・カフェ・ダ・ジョルジオ』でも。パスタやピッツア、サラダがおいしいと西洋人から人気を得ている店です。胡椒は木製のミルにはいって食卓に登場。

店内には胡椒のサンプルや『KURATA PEPPER』のフライヤーも置かれ、一際存在感を放っていました。

こうして実際に使われているのを目の当たりにすると、倉田さんと胡椒が町から愛されているのがよく伝わってきます。

僕は日本人の一人としてなんだか誇らしく思えてきました。日本にも『KURATA PEPPER』を出す計画はないのでしょうか。

「そうなんですよね、実はそろそろ、なんて思ってるんです。このあいだ名古屋に日本支社をかまえまして、こつこつと準備している最中です」

なんとっ、それは本当ですか!?これは重大ニュースではないでしょうか。期待に胸がふくらむ話です。いつですか、どんな店ですか!?

「いやまぁ、店舗を構える予定はまったくありませんよ。ネットで黒胡椒を販売している程度です。あとは帰国するたびにイベントに参加して商品を並べるくらいのもの。色々と考えはありますが、これからどうなるかはまだわかりません。ただ次は日本で、とは思っています」

乾いた黒色か白色の小さな粒の正体が知りたくて、また、日本人が手がけていらっしゃるという話を聞いて、僕はカンボジアまで飛んでやってきたわけですが、なんとなんと、当の倉田さんの意識は日本にも向けられていたのですね。

中学時代に観た一本の映画から始まり、大人になってカンボジアの大地を踏んだかと思えば、紆余曲折しながら胡椒と出あう。そして、その生産から加工、販売まで一貫した胡椒専門店を開業。

また、単に事業を手がけるだけでなく、伝統とオーガニックを貫き、一人一人の消費者と触れあい、商品にもアイデアを凝らしていくという、常に地道&上昇志向であることが今日の信頼感を生み出していると思います。

胡椒は世界中の人々が頻繁に使うスパイスだからそりゃ上質なほうがいいに決まってる、と言われればそれまでですが、僕にとってはこの4、5ミリの小さな粒があまりにもドラマティックなものになりました。

おかげで、今日も執筆の合間に食べようとしているインスタントラーメンに、以前なら何も考えずに振りかけていた胡椒が、今では手にしたその瞬間にどばどばどばーっと様々な情景が溢れてしまうようになりました(笑)。

「たかが、されど」の胡椒。こうして6日間に及ぶ倉田さん『KURATA PEPPER』の密着取材を終え、すでに2ヵ月ほども経っているというのに僕の心は今なおシビれたままです。

おわり

『KURATA PEPPER』

登場した店のデータ
●『ラ・レジデンス』 #22-24,St.214,Phnom Penh 11:30〜14:00 18:15〜22:00(土・日曜日はディナーのみ) 無休 60〜65席 023-224-582 予約がベター ランチ(前菜、メイン、デザート、コーヒーがセット)15$、29$ ディナーアラカルト1皿20$前後 +V.A.T.10%(要税金)
●『時代屋』 #79A,St63, Sangkat Tunle Bassac,Khan Chamkarmon,Phnom Penh
17:00〜24:00 097-230-6301胡椒を使った肉料理の、豚バラ、やきとり、とり唐揚げなど7種(1〜7.5$)。ほか串料理いろいろ。アンコールビール1$〜
●『ポップカフェ・ダ・ジョルジオ』 #371, Sisowath Quay, Phnom Penh 11:30〜14:00  18:00〜22:00 012-562-892 無休 スパゲティ6ドル〜。ピッツア7.5ドル〜。サラダ5ドル〜

さて、本編をもって『職人味術館』の最終回となります。「本物」とはなにか、をキーワードに10名のプロフェッショナル(職人)たちを密着取材してまいりました。

お1人に対しての取材は短くても1ヵ月半ほど、長ければ2ヶ月ほどを費やしました。そして、みなさんの生き様を取材させていただき、あるひとつの共通点があることに気付きました。それはこのひと言。「一本道」であることです。

それが元来の性格からなのか、他の理由なのかはよくわかりません。とにかく生きることに必死だし、命懸けだし、家族の生活もかかっているし。

そして品質のみならず、整理整頓、掃除、挨拶、お客とのほどよい距離感のコミュニケーション、幅の広い視野、守るものと捨てるものの判断と決断力などなど、山盛りの目には見えないものも同じくらい大切にされています。

ひとつの物事を極める、より本物になる、というのは言い換えれば色んなものを犠牲にしていくことなのだと思います。その分、今日もどこかで一所懸命、一生懸命に働いている。だから、なかなか目立たないのです。

その目立たぬ方々に光を当てる、というのが『職人味術館』の意義でした。

今日まで共に読んでくださった皆様に感謝申し上げます。
また、いつかどこかでお会いしましょう!

カワムラケンジ