旅は釜石から2.5人に。
JR花巻駅発午前9時17分、快速「はまゆり1号」に乗る。あ、いたいた。新花巻駅ホームで手を振る。マキコさんだった。東京で夜勤を終えて、そのまま寝ずに始発の新幹線でやってきた。
道連れは、ナメタケンヌ。
釜石まで2時間ほど、おいしい話に花が咲く。彼女は「前世は、ほだ木か」と思うほどのキノコ好きだった。とりわけナメタケ命なのだとか。「自分で作れそう」と思ったのがきっかけで、手作りするようになったという。
作り方は?「私はいつも、エノキダケ2束に、しょうゆは適当に…いや、それじゃダメですね。おたま1杯ほどのしょうゆ、みりん…」。分かりやすい、さすが新聞編集者だわ。カッテージチーズとアボカドがあうらしい。試してみよう。
釜石から大槌町へ。
釜石駅からバスに乗る。年配の女性が丁稚ケイに向かって「めんこいねぇ」と目を細めた。何気ない会話が行きかう車窓に、がれきの山と廃墟ばかりが映る。言葉に詰まる。
死者・行方不明が1600人を超す大槌町に着いた。
「おやつ名人」は吉里吉里(きりきり)地区の仮設住宅にいた。大砂賀フミ子さんだった。家を流され、避難所に入れず、しばらくは夫たちとテント生活を余儀なくされた。「いや、楽しかったですよ」。淡々と言った。
息子さん夫婦が自宅跡で「Cafe&bar APE(アペ)」を営んでいる。フミ子さんは実家の秘伝のレシピを引き継いだラーメンやだんごを作っているという。
仮設住宅は2部屋と台所で、一部屋は「食材倉庫」だった。
小さい台所はアイデアがいっぱいだった。鍋のふたはバットに早変わり。コンロの先にも2段の収納スペースを作っている。
ふるまってくれた「豆漬け」は初めての味わいだった。青豆の香りがいい。ゴマ油でゴボウ、ニンジン、大根をいためて。塩漬けのシソの実を最後にあわせるという。茎わかめと大豆の煮たのもツボだった。
お湯のみプリン。なつかしいかたさ。
湯のみで蒸されたプリンもふるまってくれた。黒みつをかけて召し上がれ。スプーンにのせる。卵色のカドが立つ。いまどきのプリンは「とろーり」だけれど、ちゃんとしたかたさ、いいな。
作り方を聞いた。フミ子さんはそらんじていた。
「牛乳450㏄にグラニュー糖大さじ5を温めて溶かす。卵3個を入れて混ぜてからこして蒸す。強火で3分、中火で様子を見ながら10分〜12分」。
おばあちゃんの「ひょうずだんご」。
「ひゅうずだんご」「しょうじだんご」「かまだんご」「みみっこもち」など呼び名はさまざまあるという。半月型で小麦粉を使う。中身はくるみや味噌、黒糖など家庭によって違う。
フミ子さんのは「おばあちゃんの作り方」だった。すりごま、黒糖、くるみを砕いて、みそ少々を混ぜたのをのせる。粉は地元の南部小麦粉と、宮城の「菅原商店」のだんご粉を使う。こだわりだな。
まずは粉に水を入れて「しとねる」。こねる、の意味なんだな。
まるく広げて中身を詰めていたら空が鳴った。バリバリーッ。「あ、雷だネェ」。仮設の薄い屋根を雨が打つ。パチン、と音がして暗くなる。停電だ。
「やっぱりガスは強いねェ」。青い炎が光るレンジ台の前で、フミ子さんは笑ってだんごをゆでるのだった。
廃材や流木で建てたカフェ「APE」へ。
フミ子さんがカウンターで迎えてくれた。まあるい焼きおにぎりと、ラーメン600円をいただく。あっさりとしたしょうゆベースのスープは無添加で、おだしは煮干しなど海の幸から。お母さんの味らしい。二日酔いがいやされそう。
市役所、商店街…「街の心臓」を失った陸前高田へ。
がらーんとして、見渡す限りの廃墟だった。マキコさんが取材したことがある県立高田高校を訪ねた。生徒・教師23人が流された。
水泳部顧問の女性教師は生徒を捜しに行って戻らなかった。新婚さんで新しい命を待っていた、と記事の末尾にあった。当時の私は妊娠7カ月だった。耐えられず新聞を伏せて号泣したのを思い出す。ここか。
目を閉じて手をあわせるマキコさんが見えた。
抱っこひもにいる丁稚ケイに話しかけた。よく見ておきなさい。あなたはこんなことがあった3カ月後に生まれたんだよ。
「ごはんっこ食べなさい」。
釜石・橋野地区でノリオさん宅に泊めてもらった。手打ちそばを勧めてくれた。15アールでそばを育て、そば打ちや豆腐を教えている。
テレビ画面は「東京都、首都直下地震で9700人死亡を想定」とのニュースを映していた。「逃げておいでよ」「逃げて来ていいんだよー」。ほろ酔いのせいか、何度もノリオさんは言った。やさしすぎるな、もう。
出発の朝、心づくしの朝食を。
鮭の塩焼きとハムエッグ、煮しめの並ぶ朝食をいただいた。妻のセイコさんがケイをあやしながら話してくれた。たまたまボランティアが休みになって沿岸部に行かず、難を逃れたこと、「流された」知人、家、街のこと…。
ここでは「流された」話が天気のような日常会話だった。私がほどよい半熟の黄身をお箸でからめる間、何人の人が「流された」のだろう。
全壊や半壊ではなく「流された」。やさしい響きが悔しくて切な過ぎる。
生きる、って、それだけで偶然と幸運の積み重ねなんだな。何ができるわけでもないけれど、岩手で出会った人たちのこと、フランスで伝えよう。
☆ひょうずだんご(10㎝半月型、4個分)
<黒糖くるみ>黒糖(粉末)20g、刻んだくるみ20g、黒すりごま10g、白みそ小さじ1
上記をよく混ぜておく。
<皮>中力粉30g、だんご粉20g、お湯大さじ2、塩少々
1.中力粉、だんご粉、塩にお湯を混ぜる。手でよくこねる。冷蔵庫で30分以上、休ませる。
2.4等分する。手のひらで直径10㎝大にのばす。
3.黒糖くるみ大さじ1ずつのせる。半分にたたんで半月型にする。しっかりくっつける。
4.沸騰したお湯で5分ほどゆでる。または強火で8分ほど蒸す。
<メモ>
・かたくなったら焼くとおいしいです。