ピエモンテにみせられて。
次々現れる尾根に雨が降る。緑のカーテンのドレープみたい。車窓から見上げる。てっぺんまでブドウ畑が続く。
よくもまあ、空のかなたまで。
過酷な地形にひるまず耕し続け、自然は人の営みをゆるやかに抱く。
両者ががっぷり四つに組み、万人を酔わせるワインを生む。えらいなぁ、自然も人も。いとおしい。ほめたい。…ってナニサマジャー、だけれど。
それにしても、雨。
また雨女伝説を補強してしまった。でも水もしたたる黒や緑の房はおいしそう。許そう。これまたナニサマジャー。
「食の宝探し」はじまりはじまり。
イクコさん夫妻の案内で2年半前にもワインにチーズ、サラミなど豚加工品の作り手を訪ねた。
どこも家族経営で、とっておきの味わいだった。今回は丁稚ケイも入れて総勢6人、どんな宝に出会えるだろう。
ヒツジのチーズの作り手・シルヴィオを訪ねて。
「ボンジョルノ!」すぐに自宅に招き入れられた。彼は15年前、タイル職人から転身した。「伝統的なものを作りたい」との思いから、ピエモンテ名産であるヒツジのチーズがひらめいたのだという。
チーズ農家の生まれでもなく、学校に入ったわけでもない。人に教えを乞い、自分なりのやり方を切り開いた。
30頭を飼い、乳を搾り、チーズにする。
すべて1人でこなす。石釜パン職人でもある。「パンはボクの趣味の世界だけれどね」。シルヴィオが笑って案内してくれた。
チーズ熟成室の入り口は「小麦のアトリエ」だった。
立派な石釜は店じまいするパン屋さんから譲り受け、自分で仕立てた。
40年前の粉挽き機で製粉も手がける。天秤ばかりは70年以上も前のものだった。どれも味があるな。
焼く3日前から温め始め、150℃で40分ほど焼く。
夏は発酵が安定しないのでお休みするという。
まったくおてんとうさま任せなんだな。
「その替わり、ボクの師匠のパンを召し上がってもらいます」。
ひとかかえもある大きな田舎パンを取り出した。見るからに滋味深そう。かみしめたい。
2階にあるヒツジ小屋へ。
1頭が1日、1〜1.5リットルの乳を出す。「商業ベースだと1日4〜5リットル」だそうだが、4年でお払い箱になってしまうという。
「ボクの羊たちは無理をさせていないから10年は生きてくれる」。人もヒツジも無理をしない。だからオーガニックとかスローフードとか、声高に言うこともないんだな。
1頭ずつ手で搾る。ええー、機械じゃないんだ。
「お乳の具合もひとめで分かるからね」。
うーん、とことん手仕事だな。1人で世話をするのは30頭が限度というのが分かる。
ミルクは夕方に搾り、35℃の人肌に温めて発酵させる。
丸い型に入れたら5時間ごとにひっくり返して水けを切る。
熟成させて特産の「トーマ」になる。
24時間後のものから「乳がいいから6年ものだって食べられます」。彼は胸を張った。
チーズは7軒のレストランなどに卸すのみで小売りはほとんどしていない。まさに幻だな。
乳をかためただけ、つくりたての「ジュンカ」に2日、8日、1カ月もののトーマを食べ比べた。
ジュンカは4日しか持たない。ヒツジの乳のふくよかな甘みが、何だかお豆腐みたい。わさび醤油で食べたくなった。
2日のは口にするとするっとノドを落ちていく。
「胃袋をなでられているみたい」。自然に声が出た。
3カ月、4カ月と熟成が進むにつれてこなれた味わいになる。
「クーニャ」を添えて。
ブドウのペーストだった。何だか見た目はノリの佃煮みたい。
ブドウをつぶし、ナシとイチジクを加えて1日中、煮詰める。
レシピは家庭ごとにあって、特産のヘーゼルナッツを入れたりもする。砂糖は加えないので強い甘みはない。
チーズにクーニャを添えるのがピエモンテ流という。刺身に醤油、みたいなものか。
試食代20ユーロを支払い、後にする。
訪問する前、実は思った。お、結構、値が張るな…。
じっくり見学してワインをごちそうになり、お腹いっぱいになった。何より土地に根差した仕事ぶりに触れられた。心がワクワクで満タンになった。
パリ在住のピアニスト・ヨーコさんは言った。「いやー、もう感動しちゃって…」。
自分の思いをカタチにしよう。自分らしく、ゆるぎなく。シルヴィオに教わった。
相方ユウさんは言った。「ピエモンテの海原雄山だ」。ガクッ、何か違うような…。