出会いはチーズ工房の食卓で。
ピエモンテのチーズ職人シルヴィオ宅で出されたケーキがとびきりだった。
「トルタ・ディ・ノッチョーレ(ヘーゼルナッツのケーキ)」。
ヘーゼルナッツのくっきりした香りが、ほろほろと舌の上で崩れる。
「しっとり」「ふんわり」ではない、第3食感。
日本では「ぼそぼそ」「パサパサ」とされてしまいそう。でもおいしい。
2年前を思い出した。農家民宿を営むラファエッラお手製ケーキも、ホーロホロ、だった。
バター、粉、卵をひょいひょい木さじで混ぜるだけ。
うまみ調味料のようにヌテラを1さじ、入れていたっけ。
秘密は何だろう。
物欲しそうな顔をしていたのを察した滞在先のナベさんが連絡してくれた。おかげで翌日、作り手を訪ねることになった。うれしい。
坂道を上がる。看板はない。ここがお菓子屋さん?
窓もない。縄のすだれが下がった入口をくぐる。秘密の洞窟みたい。
石造りをいかした壁に、焼き菓子やチョコレートが並ぶ。クッキーやトリュフ、「みにくいけど、おいしい」という名の焼き菓子…。いいな。家族の名前を冠したクッキーもある。楽しんでいるな。
店名「ヘーゼルナッツとその周り」が示すように、地元の実りたっぷりだった。
店主ミレッラは47歳、元・看護師さん。
夢をかなえ、1人で製造から販売までこなしている。販売スペースの奥が工房だった。
入ってすぐ「バチ・ディ・ダマ」専用マシンがあった。
「貴婦人のキス」との意味のピエモンテ名物は、丸型クッキーを焼いてチョコレートをはさむ。素朴なようで合理的なんだな。
「1人でラッピングまでやるから、クリスマス時は包むのが大変」。
分かるなぁ。焼くだけならどんなに簡単か。ラッピングからが勝負だもの。
ヘーゼルナッツは実から粉に。
ローストした実を1〜6回挽く。粒状からペースト状まで、お菓子によって使い分けるという。うらやましい。
ナッツの濃い香りが立つ。どう逆立ちしたってマネできない。ヘーゼルナッツパウダーは日本でも手に入るけれど、香りは別物だから。ちょっと悲しい。
あの香りの高さは再現不能だわ。降参します。
「ロースト加減に秘密があるのよ」。ミレッラは言った。
あ、2年前に訪ねたお菓子屋さんでも、同じことを聞いたな。芯まで火を通さず、湿気を残す程度にとどめておくのだとか。
トルタ・ディ・ノッチョーレのレシピを聞いた。
「お店のとは違うけれど…」と、丁寧に手書きしてくれた。ごくシンプルな配合だった。こういう単純なお菓子ほど、難しいんだよね…。
通訳してくれたイクコさんにミレッラが何やら頼んでいる。あ、日本語で「ヘーゼルナッツ」をどう書くか、訊いたんだな。
イクコさんが「ヘーゼルナッツ…」と記す。そうだ、と、またペンを走らせた。
「はしばみ」。そうだった。
帰国して再現にトライ。案の定、別もの…。
ラファエッラに習った配合も試した。やっぱり「ほろほろ」しない。おいしい。でも「しっとり」「ふんわり」なのがじれったい。やっぱりパウダーが違いすぎるのかな、湿度のせいかな。
作り手の腕前は棚に上げておこう…。
☆おばあちゃんのケーキ(直径7㎝マフィン型6個)
バター100g、砂糖100g、薄力粉70g、ヘーゼルナッツパウダー(アーモンドパウダーでも)70g、卵2個、ベーキングパウダー小さじ1、牛乳大さじ2
1. やわらかくしたバターを泡立て器でよく練る。砂糖、ヘーゼルナッツパウダーを加えて混ぜる。
2. 室温に戻した溶き卵を3回に分けて混ぜる。
3. 薄力粉とベーキングパウダーを一緒にふるい入れる。ゴムベラでさっくり混ぜる。最後に牛乳を散らし入れてなじませる。
4. 型にバター(分量外)を塗るか敷き紙を敷く。生地を9分目まで流し入れる。
5. 200℃に温めたオーブンに入れる。170℃に下げて型を入れ、20分ほど焼く。竹串を刺して何もついてこなければOK。
<メモ>
・サツマイモやヌテラ(チョコレートクリーム)を焼き込んでもおいしいです。
☆メープルシュガーで作ったら
砂糖全量をメープルシュガーにします。ほろほろ、甘みがやさしくナッツの香りを引き立てます。
☆ナッツのサブレ(直径4㎝、約25枚分)
バター60g、薄力粉60g、砂糖60g、ヘーゼルナッツパウダー(またはアーモンドパウダー)40g、牛乳小さじ2(10g)、塩小さじ2分の1(2g)
1. 室温でやわらかくしたバターを泡立て器で混ぜる。砂糖もよく混ぜる。
2. 牛乳を散らす。なめらかになったらヘーゼルナッツパウダーも混ぜる。
3. 薄力粉と塩を一緒にふるい入れる。ゴムベラでさっくり混ぜる。ラップに包み、直径3㎝ほどの棒状にする。冷蔵庫で1時間以上、休ませる。
4. 1センチ幅にカットする。
5. 敷き紙を敷いた天板に並べる。焼くと広がるので間隔を3㎝はあける。
6. 200℃に温めたオーブンに入れ、170℃で7〜10分ほど焼くほんのり色づけばOK。
☆メープルシュガーで作ったら
砂糖全量をメープルシュガーにします。グラニュー糖よりねっちり仕上がります。カラメルのような香り、ナッツのコクと溶け合います。