今回は箸休めじゃないですけど、ちょいと酸っぱいお話とまいりましょう。
どの家にも調味料入れや棚などがあると思うのですが、我が家の場合はガステーブルの真横にぐしゃっと置かれていまして、まぁ調味料広場という具合になっています。その中にメープルシュガーもちょこんと立っておりまして、時にそこを縫って奥の塩に手が伸びたり、時にはごま油とぶつかって袋がべたっとなったりと、そりゃもう料理の際はラッシュ時の人込みのようにもみくちゃとなるところに。
このように、なんの特別扱いをするでなく、ただただ日々我が家のスタメンとして活躍しているわけですね。で、何が言いたいのかって?
ええ、本日は究極の地味といいますか、まったく演出などないレシピのご紹介です。それはなんと・・・・・・・・ふりかけっ!です。
(舐めんなよ!そんなもん誰でもできるわ!)などと聞こえてきそうですが、まぁこの先もどうぞおつきあいのほどよろしく。
ある日曜の朝のことです。その日はざるそばを食べまして、食後に、うちのカミさんがなにやらソフトボールくらいの大きさの果物を鷲づかみ僕に見せてこういうのです。
「ほら、これブンタンだかボンタンだかよくわかんないけど、同僚が郷の土産だってくれたんだ!」
「ブンタンてなんやったっけ?ボンタンは学生服やろが。いったいどっちやねん!」
(ボンタンとは太ももあたりが太くなった学生服のことで昔の不良少年が好んだ)
カミさんは生れ育ちが東京で、なぜだかいつもドタバタと慌てている、いわゆるちゃきちゃきの体質です。一方の僕は一部のことはものすごく詳しいけどそれ以外のことはからっきしガイジン状態というアンバランスな体質。
「それっとひょっとしたら夏みかんとちゃうか?いや、暴れはっさくか!?」
「そんなことどっちでもいいんだよ、ホラ食べよ!」
いつものように僕の発言はぶっ飛ばされ、たったか先へ進みます。さっと切り分けて皿に盛り付けたかと思うと自分だけ歩きながらパクッ。
「あっおいし〜!実家が宮崎とかで、そのお宅で育てたものらしいよ、パクッ」
「おいおい、もっとちゃんと皮をむけよ。真っ白やん。それにこの種の多さはかなわん」
「違うってば、こうやって食べろって言うのよ・・・・・・・・パクッ・・・・・・ね、確かに柔らかいよ・・・・・・パクッ」
カミさんはこちらに目をやることもなく、テレビに釘付けになりながらその果物を頬張り続けます。
僕は恐る恐るひとつだけ口にしてみました。するとこれが皮は本当に柔らかですが、酸っぱくてしょうがない。脳天をかち割られたかのように痺れます。
「うっへ〜〜〜すっぱぁーーーーーー!こらアカン、俺はいらん!」
「なにいってんの、これくらい平気平気・・・・・」
と、強がりながらも、どうやら彼女も酸っぱいと感じていたようで、つたつたと調味料広場からメープルをもってきて、それをぱらぱらと指でつまんで果物にふりかけました。
「パクッ・・・・・・・う〜ん、もうひとこえ!えいやっ」
そういってもうひとつまみ。
「パクッ・・・・・うんっ、いい感じ。粒がしゅわ〜と溶けるんだよね。果物とメープルってこんなに合うんだ。目を瞑って食べたら元々甘い果物だって錯覚しちゃうよ」
「ふん、こんな種ばっかりの果物は要らん」
「あ、そう。じゃあ全部食べちゃうね〜」
と、言われるとひとつだけでも試してみたくなるものです。僕はつまらない表情を見せながら、ひとつ手に取り、たっぷりのメープルをさらさらとふりかけて口に放り込みました。と、これが1秒後にぷちぷちと顆粒が弾けて、3秒後には果実のジュースと一体化してしまったのです。
「おお!なんじゃこりゃ。ただ、ふりかけただけやのに、手品や!」
そういってもうひとつ口へ。おいしい。いや、正確には僕でも食べられるように食べ物のほうが変化したのです。
「ふっふ〜ん、うまいだろ?普通の砂糖じゃこうはならないね」
大きな器の中に目を向けるともう果物は残っていませんでした。
「しまった、もっと食っとけばよかった・・・・・」
「なんだか困るほどたくさんあるって言ってたから、あればまたもらってきてあげるよ!」
カミさんはそういってテレビ前のソファにどかっと寝転びました。食卓に1人取り残された僕は、甘みの余韻に浸るかのように、腕を組んで空を見つめます。
ふぅむ、これほど、演出的でないのに、何も奇をてらってないのに、いかにもな料理やスイーツでもないのに、いままで体験した中でも最も印象に残るおいしさのひとつとなってしまった。悔しいような、肩の力がぬけるというか、目が覚めたというか。
自分の未熟さはわかっていたつもりだけど、この感覚は今までも幾度となく体験してきたはずなんだけど、ここまで純朴というものがパワフルとは・・・。わかっていても、つい、自分の技に酔いしれてしまうんやなぁ。
かといって、なんでもかんでも自然そのまま主義というのもなぁ。いやぁ、それにしても、ただふりかけただけなのに、凄い。あの甘みの瞬間芸はいったいなんなんだ?そうだ、こんど多賀先生に聞いてみよう(多賀先生=我が雑誌スパイスジャーナルで連載をしている近畿大学の薬学博士)。きっと何か変化を起こしてるに違いない。ふぅむ、自然の力はどんだけ頑張ったって計り知れないなぁ・・・・・・・・
と、こんな風に物思いに耽っていたら、向こうのほうから戦闘機のような激しい音が近づいてきました。その直後にパンッパンッと弾を打ったような音が耳を劈く。なんだなんだ!と我に返ると、カミさんが掃除機をかけており、その音にペットの柴犬クロがわん!わん!と興奮しているではありませんか。
「ちょっと邪魔なんだけど、ほら、あっちいって!」
「なんや!せっかく己を振り返っていたのに!」
「その前に、あんたの足元に一杯落ちている種に気付きなさいよ!ほら、どいて!」
見れば先ほどの果物の種がぽろぽろと落ちていた。
「おいおい、ここを掘れば小判がでてきたりして!?」
「ふん、それをいうなら”花咲か爺さん”だっていうの!」
またお会いしましょう!
☆With メープルシュガーレシピ37
『酸っぱい果実にふりかけ』
ボンタンだかブンタンダかとにかく酸っぱいみかん的な果物(後日これが日向夏であることが判明)・・・好きなだけ
メープルシュガー顆粒タイプ・・・好きなだけ
実は果物にぴったりのスパイスの振り掛けがあります。インドでは各家庭でブレンドしたり、最近では既製品もたくさん売られているようです。いつものようにカワムラ式をご紹介。
チャートマサラ(100gとして)
クミンパウダー 20g
ブラックペパーパウダー 25g
アムチュールパウダー 25g
シナモンパウダー 5g
塩 30g
スパイスジャーナル vol.06のP17にも掲載しています。
1.果実を一口サイズに切り分ける。
2.果肉に直接メープルシュガーをふりかけてとっとと食べる。
上記のブレンドスパイスを使う際は、先に振りかけておいてください。