ドモドッソラ。音符みたい。
歌っているような地名がイタリアらしいな、楽しげだな。私を迎えてくれた画家トモコさんによると「イタリア人がスペルアウトする際<DはドモドッソラのD>というふうに使う」そうだ。
トモコさんは「半バーゼル、半ドモ」暮らしが1年になる。
「くまとさん」と呼ぶパートナーのスイス人画家と、イタリアに移った。築400年を超す石造りの家に手を入れ、ゆくゆくはアーティストの集う場にしたい。
「くまとさん」は収穫の鬼だった。
どこからかチェリーやクルミ、ヘーゼルナッツ、山菜、キノコを抱えて帰ってくるのだとか。畑仕事もお手のもの。トモコさんは加工係で、コンポートやジャム、ジュースを作って「農家のヨメ」と化している。
「半芸半農」暮らしをおすそわけしてもらいに押しかけた。
現在の住まいも築400年の石の家。
雨の夜に着いた。エレベーターなしで乗り換え2回、大荷物と赤子連れでトイレにも行けず、陸路3時間半をまさに「乗り切った」。
あちこちで「魔法の手」に助けられた。トリに登場したトモコさんが女神に思える。パリ〜東京の空の旅12時間なんて楽勝だわ。
午前7時、青空だ。ああ、うれしい。
テラスに朝食を運んでくれた。私に食べさせようと貝殻みたいなパリパリのナポリ菓子「スフォリアテッラ」やお菓子を買ってきてくれていた。リコッタチーズは丁稚ケイが気に入り、あっというまに食べてしまった。
トモコさんが淹れてくれたコーヒーがとりわけ、心にしみた。
ビルネンブロートを作ってみようかな。
トモコさんがボウルに粉、砂糖、バターをあわせていた。何だろう。
スイスの洋ナシ入りパン「ビルネンブロート」だった。洋ナシのペーストにイチジクやナッツを加え、パン生地も混ぜて「あん」にしたものをさらにパン生地で包んで焼く。「もなかみたい。私はあまり好きじゃないけれど、くまとさんが好きで」。トモコさんは言った。
トモコ流は、くまとさんが作った干し洋ナシや干しカキを混ぜてペーストにする。パン生地は加えず、発酵させない生地で包んで焼くのだそうだ。へえ、おいしそう。
築400年の石の家へ。村のお祭りに出くわした。
改築中の家に向かう。車で村のお祭りに出くわした。「イタリアはいつでもどこでも、お祭りだらけ」。くまとさんが笑った。料理を仕込んでいる家にお邪魔した。
ミラノ風リゾットやサラダ、羊や豚のロースト200人分が準備されている。楽しそう、おいしそう。
「あ、バンビーノ!(赤ちゃん)」。あちこちで丁稚ケイに声をかけてくれた。
石の家は4軒続き、部屋数は30近く。その昔、80人ほどが住んでいた。
ひえー、でかい。要塞みたい。崩れ落ちて空が見えているところもある。
住まれている部屋もあったが、ほとんどのスペースは100年以上、打ち捨てられていたという。畑ではイチゴ、ズッキーニ、シソ、ネギ…「何でも」育てている。転げないよう気をつけながら石の階段を昇る。
最近まで暖炉でご飯を炊いていたそうだがプロパンガスを導入、下水道も自ら工事して「文明化した」。
ニンジンの葉っぱを刻んで混ぜたオムレツを作ってくれた。
ランチは3階の広いテラスに運んでいただく。深い緑の渓谷に包まれ、別の丘の教会の塔が見える。空中に浮いているみたい。標高460メートルというからそれほど高いわけではないけれど、別世界だな。
バーゼル近郊に住む「くまとさん」のお母さんはお菓子作りが得意で、81歳のいまも焼いているのだそうだ。「スイス人であんなにきれいにケーキを作る人に初めて会った」。トモコさんは熱く語るのだった。
「シンプルだけれど手のこんだケーキだよ」。くまとさんも言った。へーえ、おやつ、習いたかったな。また次回。言い合えるのがうれしいな。
部屋のいくつかを案内してくれた。村のディスコとして使われていた場所、豚の加工所だった部屋…。
ずっとここで暮らします。トモコさんはすがすがしかった。
ヘーゼルナッツとクルミを割りながら話してくれた。来春には住み始めたい。何か教えるというより、オープンな家、芸術と癒しの場、幸せをシェアできる場にしたい。残りの人生をそのために捧げたい。
もうすでにバーゼルの美術学校で教える「くまとさん」の生徒さんが来て絵を描いたり、ワークショップを開いたりしているという。
イタリア的スローペースに惑わされるが、2人だからこそ、できる。2人でつくりあげていくんだな。
近くの菓子店で、白鳥シューがいた。
帰りに菓子店「A FORNO OSSOLANO」に寄ってもらった。あ、白鳥シュー!1人で騒ぐ。トモコさんも初めて見たという。いまや日本でもほとんど見かけないのに、こんなところで出会うなんて。
うれしくて2羽、連れて帰った。カスタードではなく、ミルククリームのみ。素朴でなつかしい。
ジェラテリア「La Golosa」でジェラートを。1.5ユーロ。
冬はスキーの先生をしているオーナーがたっぷり、盛ってくれた。安いなぁ。ミルク味=フィオーレ・ディ・ラッテ(fiore di latte)とイチゴにする。最盛期には38種類あるそうだけれど、いまは半分ほど。
たくさんあったって頼めるのは2,3種類、悩まなくていいわ。
「ジェラート屋さん、っていい仕事ですよね、みんなを笑顔にする」。トモコさんがヘーゼルナッツ味をほおばりながら言った。本当に。私も笑顔を広げられる仕事、もっともっとしたいなあ。