福岡〜大分編<高原でシューカツ合宿>

JAL便で福岡へ青少年自然の家で昼食懇親会のおやつたち就活合宿で久住高原へ文章特訓、はじまりはじまり夕食はとんかつ朝食は和定食カボスドリンクを飲んで休憩ホワイトボードにコツを書く

羽田発16:30、JAL323便で福岡へ。

4泊だが荷物は多い。ノートパソコンにipad、ミラーレス一眼カメラ、岡山でのイベント用の写真パネル、そしておむつ30枚を詰める。

20キロのキャリーケースを右手に、3キロの軽量バギーを左手に、10キロの丁稚ケイは胸に。よっしゃー。

自宅からJR山手線を半周して浜松町へ行き、モノレールに乗り換えた。660円。

1歳2カ月児、34回目のフライト。

いつも機内で真っ先にするのが、シートポケットを空っぽにすること。子連れだとおむつや絵本を入れるのでどんどんシートがふくらんでいく。

機内誌やショッピングカタログを物入れに片づける。客室乗務員に言われた。「いつもそうしているんですねぇ」。

ケイはすぐ眠った。ホッ。まだ4日前、パリからの不眠12時間を思い出す。あれに比べたら1時間半なんてまばたきしているぐらいだわ。

久留米で母を見舞う。

がんと闘って2年、近ごろまた入院した。銀座の老舗・資生堂パーラーのチーズケーキを手土産に病室に入る。

「10月、また来るわ」。そう言った。「それまで生きとるかなぁ」。切ない。

大分・久住高原へ。

久留米から学生20人に混じってバスで2時間、くじゅうの山並みに抱かれる。

大学3年生を対象にした就職ゼミの「文章トレーナー」としてやってきた。

緑と青空、ザ・高原のさわやかな風に吹かれる。

青少年自然の家に泊まるのは2年前の1月、雪の福岡・夜須高原以来になる。妊娠6カ月、スイカ腹も凍る寒さだった。

あの冬山シューカツ・キャンプに参加した学生も無事、内定をもらったという。うれしい。今回もガンバロー。

「九重青少年自然の家」で合宿開始。

さっそく「学生時代に取り組んだこと」をテーマに書いてもらう。

昼食はうどん、ちらしずしだった。九州らしくちょっと甘い。

アルバイト」「サークル」「海外旅行」…。

どう個性を出すか。原稿用紙に書いた「自分」を発表してもらう。

サークルかアルバイトの話が7割だった。いまどきの若者は「内向き」と言われるけれど、海外経験者も5人ほどいた。ホッ。

20人20色なはずなのに。

3色ほどしか見えない。もったいない。及ばずながら赤ペンを握り、朱を入れる。

「協調性を学びました」とのくだりが多い。いらんわ、そんなもんっ。…ってダメか、そんなこと言っちゃ。

もっとガンガンやろうよ、せっかく若いのに。こぶしを突き上げる。シーン。あれ、空回りか。

ゼミ担当のサカイ先生は言った。「ゆとり世代だからねぇ〜」。

午後6時、晩ごはんはとんかつ定食。

食後もまた書いてもらった。午後9時に終わるはずが1時間もオーバーした。

午後10時半、初日は終了。

遅くなってしまった。でもせっかく時間もおカネも割いてきているのだ、やれるだけやりたい。人生ぎゅうぎゅう詰め込み女はそう思う。ゆとりと正反対か。

「これから懇親会しますかー」。学生たちは多数決で決めた。来たい人だけ来るようにすればいいのに。ツッコミたくなるがガマン、ガマン。

朝食は魚定食。

丁稚ケイにご飯をやる。目の前の女子学生に言われた。「私、子ども、3人以上欲しい」「私も私も〜」。へええ。私が学生時代は考えもしなかった。

合計13時間、書きまくる。

気分はアタック№1の鬼コーチ…って古すぎか。メッタメタに赤字を入れて学生たちをへこませたか。

「豪州、女1人で放浪して働いて」「シンガポールで男性シャンプー調査」「焼肉屋でガテン系スタッフ」「映画館、私は銀幕へのエスコート役」…。

ダイヤの原石たち、みがけばどんどん光りそう。

決まるまで応援しますから。言い残して一足早く、大雨が吹き荒れる山を下りた。

いざ岡山へゴー。