ハーブ『大原農園』(沖縄) 大原大幸(前編)

大原大幸さん、多美子さん、生れてまもなくの次男、大弥(ヒロヤ)君。(2010年11月撮影 By SJ) カレーリーフの木。写真は高さ80センチほど(2010年6月撮影)摘みたてカレーリーフ。日本名はオオバゲッキツ(2009年6月撮影 By SJ)左上から時計回りに島ウイキョウの種子、自生するフーチバ(ヨモギ)、農園の島唐辛子やパクチーファラン(ノコギリコリアンダー)など、ホーリーバジル(2010年頃撮影) 朝、収穫して夕方には出荷のバジル。明朝は東京築地市場に並ぶ折れて短くなったシンボルのカレーリーフの木台風被害に遭った後、張り替えられたビニールハウス生き延びるために季節はずれの開花を見せるカレーリーフの花イタリアンスイートバジルの大群朝7時頃、コンテナ納屋の前に大幸さんの車が

台風被害に遭う前の農園。上は着々と囲いが出来つつある様子。下はシンボルのカレーリーフの木(2012年8月大幸さん撮影) 台風17号により壊滅状態の農園(2012年9月末大幸さん撮影)

「カレーリーフがつなぐ縁」

初めてお会いしたのは2009年の初夏でした。僕は沖縄のとある料理研究家さんの依頼で、沖縄らしいカレーレシピ構築のために那覇に泊まりこんでいました。その際、いろんなジャンルの生産者の方々とお会いしていたのですが、そのときに大原大幸(ヒロユキ)さん多美子さん夫妻とお会いすることができたのです。

ただし、クライアントも一応は興味を示していたものの、そのときの素材の主役が純血のアグーや鶏肉、脇役が石垣産のパインであり、スパイス&ハーブは脇のさらに脇という存在でしたから、大原さんたちと深く交流する機会を逃していたのです。

しかし、僕の胸の中は興奮でいっぱい。それは大原さんの農園に、通称「カレーリーフ」の木があったからです。これは南インドやスリランカに生息するもの。まさか、沖縄にあるなんて!

ここ数年、インド料理マニアなどの間でも評判になりましたからご存知の方もいるかもしれません。カレーツリー、カレーパッタ、カラピンチャなどと、その地域や国によって呼び方は様々。この葉が南インドやスリランカの料理には欠かせないハーブなのです。

言葉で表現するのは難しいのですが、コーンのような香ばしさと、少しばかり柑橘系のような爽やかさが特長。決して他を押しのけるような主張系のハーブではなく、なんとも優しく美しい風味をかもし出してくれます。

ただ、日本ではドライしか入手できません。それが沖縄の大原農園では元気な姿で大地に根をはっている。葉は雫のような流線型で、色は青々としており、表面はツルツル。顔を近づけるとドライとは別物と思うくらい、香りがたち、甘みも感じます。

僕の興奮は大阪へ戻っても冷めることはありませんでした。しばしば大原さん夫妻とメールや電話で連絡を取り合い、ハーブと畑、料理の話で盛り上がっていました。

”あのときのカレーリーフどうなりましたか?”
「1.5倍くらいにまで伸びましたよ。たくさん葉をつけてます。このまえチキンカレーに使ってみましたよ」

”ええ!?チキンカレーに!どうでしたか?”
「うん、なかなかいい香り。でも、もっといい使い方があるような気がする・・・・」

”それはやっぱり南インド料理でしょう!サンバルという料理があるのですがそれを作ってみてはいかがですか?炒め物にもいいです! なんだったら僕が作りますよ、っていうか畑で料理やっちゃっていいですか!?$#&●&△■!!!”

もう、僕はいったい何を言っているのかわからなくなるくらいエキサイティングしていくのでした。こうして1年も経たないうちに今度はプライベートで大原農園を訪ねました。そして、普段は梱包作業などをするコンテナ納屋の中で、がんがんと調理させていただきました。ええ、少しの遠慮も無く。

もちろん、他のいろんなハーブも使わせていただきました。ホーリーバジル、パクチーファラン、シマトウガラシ、レモングラス、ジンジャーなどなど。そしてやっぱりカレーリーフには格別な感動を覚えました。

加熱することで、より色鮮やかな緑色に。顔を近づけただけでぶわっといい香りが襲い、食べてみるとドライの10倍くらい香ばしい風味。ドライとは比べ物になりません。

結局、この感動が素晴らしすぎて、その翌年も再び訪れて料理させていただきました。とまぁこれが大原さんたちとの出会いです。

そして、出会ってから3年めの今年2012年。ふとあることに気付いたのです。そういえば今まで「ハーブ・農園・料理」のことばかりで、よくよく考えてみれば僕は大原さんたちの「人となり」をよく知らない。

”そうだ、今度は大原さんたちに会いに行こう!”
というわけで、ようやく今回の本題へと流れ込みます。

2012年11月中旬。
那覇空港に降り立った僕はレンタカーで大原農園へと向かいます。農園までは約40分。島の南東部に位置し、サトウキビ畑が目立つ田園地帯の端の方にあります。

朝の7時頃、大幸(ヒロユキ)さんはコンテナ納屋の中ですでに作業を始めていました。「お久しぶりです!」と中を覗き込むと、いきなりハーブの香りがお出迎え。大幸さんの周りにはバジルがぎっしりとはいった箱が積まれています。

11月の中旬、大阪あたりでは朝の気温が10℃以下になるのに対し、このあたりは16〜18℃の温かさ。そのうえ、コンテナの中はさらに温かく湿気を感じます。バジルのエアルームといったところでしょうか。気持ちよく深呼吸を繰り返していると大幸さんが口を開きました。

「この部屋、ちょっと温かいでしょ?実はバジルが原因なんですよ。ま、ほかのハーブもそうですが、特に早朝の採れたては熱を持っているんです。まだ活動中なんですね。葉っぱも寝たり起きたりしてるんですよ」

僕は目を見開いたまま山積みとなったバジルに手を当ててみました。すると、本当に温かいのです。また、しばらくすると手のひらにしっとりと湿気も感じ出します。

”なんだか美人の肌のような、活け〆の魚みたいな感じですね。(たとえが悪い!)葉っぱの表面からぷちぷちと何かが弾けているような感じがします。がぶっとかぶりつきたいくらいです”

「そうでしょ。でも、時にそれが仇にもなる。バジルの弱点は水に弱いこと。水分がつくとすぐに黒くなってダメになってしまう。だからきっちりと密封すると、自分の出す湿気で死んでしまうんです」

大原さんの手元を見ると、長さ20センチ、幅7〜8センチの透明の容器に、10センチほどのバジルを3つずつ入れてテープでとめています。これで約20グラム。小分けすること、そして密封しないことで湿気を逃がすようにしているそうです。

これはすべて公的な市場サイズだといいます。大原農園の上得意客は東京の築地市場。本日の夕方までに出荷して、明朝には市場に到着。そして相対取引(*1)されて、消費者へと流れていくのです。

(*1)相対取引・・・・・卸売業者を相手に、複数の仲卸業者が様々な駆け引きをしながら値段を決めていくのがセリ。それに対し、卸売業者と仲卸業者が一対一で直接交渉しながら値段を決めていくのが相対。株式用語のそれとは少しニュアンスが違う。

築地市場以外は、地元と大阪の数軒の飲食店などが顧客。それぞれ注文の量やニーズに応じて、パッケージや出荷の方法を変えています。

”ところで他のハーブはどんな状況ですか。例の台風の影響は?”

沖縄は別名、台風銀座。ここ最近は、その激しさが年々増しており、多くの産業に大打撃を与えているようです。それが、さらに今年は例年にないほど猛烈な風と雨を伴った台風がいくつも襲来したというのです。

「いやっ、もう大変なんてもんじゃない!全滅といっていい状況です。なんとかバジルやカレーリーフなどの苗は守ることができましたが、定植中のものはハウス共々壊滅しました。ま、バジルは発育が速いからまだなんとかなるけど、カレーリーフは今シーズンはもうダメ。いままでどんな台風が来てもハウスが潰れることはなかったんだけどなぁ・・・」

大原さんの畑はいくつかに分散していて、その中にハウスと露地ものがあるのですが、確かにハウスの骨組みである強靭そうな太いパイプが、大きなスプリングのように斜めにうねっていました。

ちなみに気象庁のサイトなどを調べてみますと、8月下旬の15号は「近年にない記録的な風雨が予想される」という表現で、最大瞬間風速は70メートルもあったとか。9月上旬の16号は「15号に続き最大級の警戒」を呼びかけられるも、沖縄県下で約6万2千戸が停電。その10日後の17号は、那覇市で最大瞬間風速61.2メートルを観測。トラックまでも横転する強さ。その後も続々と。

見晴らしのいい広いほうの畑は、昨年お会いしたときには「周囲にカレーリーフの木を植えて、畑にはたくさんのアジアンハーブも実験的に植えようと思っています!」と大幸さんはおっしゃっていました。

それが今では無残にも圧し折れて、枯れかけのカレーリーフが残るだけ。畑の角には「シンボルのため」にと、高さ3メートルほどのカレーリーフの大木を植えたといいますが、これも折れてしまい今は高さが1メートルあまりとなっています。

「しょうがないです。どれだけ科学が進歩したといっても、自然がなにをしでかすかなんて人間にはわかりませんよ。農作業をやっているとそれが身体で理解できます。でも、さすがに今年の台風には、ちょっと凹んじゃいました!」
 
そこにふと、足元できらきらと白色に輝くものが目に入りました。しゃがんで見ると、カレーリーフの花です。なんだなんだ、よく見たらあちこちに蕾や花が咲いているではありませんか!これ、確か夏に咲くものだったと思うのですが。

「ええ、そうです。この時期に咲くのはちょいとおかしい。実はこれ、何が何でも生きようとしている証です。花を咲かせて結実して、そして種がこのあたりに落ちる。そうやって子供をたくさん残そうとするんですよ。実にたくましいでしょ?!」

どうってことないはずなんですが、なかなかしびれる光景です。自分もなんだか元気になってきました。自然の脅威と怖さ、同時にたくましさと美しさもここには溢れています。

つづく


大原農園大原農園のバジル

『大原農園』

イタリアンスイートバジルをはじめ、イタリアンパセリ、セージ、タイムなどのハーブを中心に栽培。年平均気温が21.1℃(*)と亜熱帯気候であることを生かして、インド南部やスリランカなどに多く生息する熱帯性のカレーリーフなどにも着手。現在、東京の築地市場、大阪、沖縄の飲食店などへ出荷。年々栽培面積を拡大し安定供給をはかると同時に、日本ではまだ本格生産されていない数多くのハーブの実験的栽培にも取り組む。
(*)沖縄県南城市糸数観測所2011年データ

●メニューや在庫は、気候や農園の状況によって流動的なため注文する際はまず問合せを
メール:oohr@herb.okinawa.jp
電話:090-7021-3050
価格と単位量の目安)・イタリアンスイートバジル 2000円〜/1kg〜*時期によって量や価格が変動します ・カレーリーフ 500円〜/100g〜 *送料別途必要