ハーブ『大原農園』(沖縄) 大原大幸(特別編)

ナイスサーブ連発の大知君元気が漲る大原家のある日の食卓 たまには外で沖縄そば。「玉家もおいしいネ」ウチナー御用達の港の料理屋「うしお」地元の産直市場。たまに大原農園も出店するらしい産直市場前の公園。ガジュマルを囲むベンチで弁当を 「けっこういける」焼きそば。ジューシーなど台風で折れた枝も大知君にとってはいいおもちゃパンツをはくことも忘れ、琉神マブヤーに首っ丈のヒロヤ君

「信じる、ということ」

さて、今回の取材を始める前から、大幸さんはこんな心配をしてらっしゃいました。
「僕は代々の土地の者でもなければ、ベテランの農家でもないので、職人というレベルにはまだまだ・・・」

いえいえ!職人を語るのに、キャリアや修業先など数字や名前に頼るのはメディアの癖みたいなもの。今この瞬間、輝いているものがあるかどうかが職人の技だと思いますし、なによりも、そこを受け取ることが本物の取材だと僕は思っています。

今回の取材では、それを畑以外からも一杯感じることが出来ました。

まず、大原家の食卓です。

大幸さんは、普段は自宅で食事をすることが多いそうです。畑から家まで車で5分。多美子さんの手料理が待っています。多美子さんは以前から味噌を手作りしていて、米麹をはじめ塩麹や甘酒もこしらえています。傍らで教室を開くほど。

僕もご馳走になりました。この日は、鶏肉のグリル、キュウリの漬物、豆とヒジキの煮物、魚と大根の煮物、そして温野菜サラダと塩麹ドレッシングなど。来客用のご馳走かと思ったのですが、これがマジで日常的な献立だと。

ボリューム感たっぷりですが、畑作業は実に重労働。さらに大幸さんは男の中でも体格が大きいほう。ま、お会いするたびに大きくなっている気もするのは、やっぱり食事が美味しいのだろうと合点がいきました。

また、マヨネーズや梅干、ちんすこうなども手作りだそうです。子供たちのためにも「自分で作ることで、それが何から作られているのかを知ることができる」という考えがあってのこと。

子供とは5歳の大知君と2歳のヒロヤ(大弥)君(2010年9月生れ)。大知君とは過去に一度ちらりと、ヒロヤ君はまだ赤ちゃんでしたから、2人とも僕とは初対面みたいなもんです。

それがお邪魔するやいなや、台所で料理を手伝う大知君が満面の笑みで出迎えてくれたときは、彼を子供としてではなく、ひとりの人間としてたのもしく思いました。

彼はすでに、料理と人をもてなすセンスがあるように見えます。実は今日の食卓にあったニンジンシリシリ(*)は大知君作。ツナはご馳走用であって普段は入れないそうです。サービス力に加えて、現在は空手にも通い、タフさも備えつつあります。

(*=ニンジンシリシリ・・・・沖縄県民のソウルフードのひとつ。シリシリとは「擦る(する)」が訛ったもの。スライスしたニンジンを炒め、玉子と和えたシンプルなおかず。味付けは塩と胡椒が基本)

ヒロヤ君は、食事が終わったら僕の手を引っ張り、隣の部屋へ連れて行きます。何かと思えばテレビから流れてくる、子供向けのローカル番組「琉神マブヤー」を見ろと画面に向かって指をさすのです。

多美子さんに聞くと「大知はヒロヤが寝るときも遊ぶときもずっと一緒にいてあげるような面倒見のいい兄」だそうな。そんな兄に守られながら、ヒロヤ君は今日も「琉神マブヤー」さながらの鋭くピュアな眼光を輝かせるのでした。

彼らは、普段は家のすぐ隣の公園で泥んこになって遊んでいるそうです。そういえば先ほど10数人の子供軍団が賑やかに遊んでいるのが見えました。

沖縄にくるたび痛感しますが、とにかく沖縄っ子は元気で、人懐っこくて、人間味が溢れています。僕はいままで見知らぬ子供たちに声をかけられ、一緒に遊ぼうと何度誘われてきたかわかりません。ま、これが大人の女性であればもっと嬉しいのですが。

また、「沖縄は子供を愛している」という多美子さんの話もとても印象的でした。

「あるとき大知が手にセミをもっていたので、どうしたの?と聞くと、あのお兄ちゃんたちが捕ってくれたっていうんです。指さす方を見て、ちょっとびっくり。そこに数名の不良っぽい高校生がいて、私にはどう考えたって子供に手を貸すようなタイプには見えないんだけど。沖縄ってそういうところなんですよ」

南国の島らしく、心まであたたまるお話でした。

次は家以外の食事。
大幸さん曰く「沖縄そばってけっこういける」について。

家族連れで行くことが多いようですが、何軒かお気に入りがあり、今回は「玉家」という店へ行きました。そして基本的な三枚肉が載ったそばとジューシーのセットを注文。ジューシーとは沖縄弁で本来雑炊という意味のはずですが、今では炊き込みご飯もそう呼ぶようです。

ひと言に「沖縄そば」といっても地域や店によってスタイルは様々ですが、こちらでは唐辛子を泡盛に漬け込んだ調味料コーレーグスや、フーチバを好みでかけます。

フーチバとは沖縄のヨモギのことで、大原農園にも、脇のほうでたくましく自生しています。一枚の葉が4、5センチほどあり、苦瓜も負けそうなほど苦いので、細かくちぎって振り掛けます。

麺も色々とありますが、共通しているのは、ごわごわもっちりという、他所の麺料理には無い独特の食感があります。これを大幸さんは「けっこう好き」。

3日目の昼もそうでした。畑からほど近い産直市場に行き、地元の方が作る弁当を一緒に食べたのですが、そのときも沖縄そばの焼きそばを購入。大幸さんは、もうすっかり沖縄の人ですね。

時は戻って2日めの夜。大原家と共に「うしお」へ行きました。看板には割烹と書かれていますが、メニューが幅広くて気軽な居酒屋のような店でした。

場所は大原さんたちが住む町の港近くです。店内は蛍光灯の青白い灯りで、カウンターと座敷があります。畳は染みがあったり、ささくれだっていたりと実に庶民的。

色々食べましたが印象的だったのは、イカをイカ墨で炒めたものと、豆腐と野菜をキムチ味で炒め煮たもので、とにかく山盛りで味が濃い!

そういえば沖縄はなんでも山盛りで味が明確です。辛いものは辛く、苦いものは苦く、甘いものは甘い。と同時に、僕には沖縄の人の気持ちが手に取るように伝わってくる気がします。

「美味しいものをたくさん食べることができて幸せだネ、また明日も元気に過ごそうネ」という感じ。大原家の面々は無邪気にぱくぱくと平らげていきます。能書きよりも、まっすぐに美味しいと感じることができるのが素晴らしいと思いました。

さて、農園に話を戻します。実は農園の中枢部であるコンテナ納屋のある畑の正面には水の神様が鎮座しています。山頂の開発などで今は水が出なくなってしまったけど、20数年前までは沸き続けていた場所なのだとか。

沖縄はユタの存在など霊性を大切にするところでもありますが、このあたりには拝所(うがんじゅ)が点在しているらしく、今でも村人たちが祈りを捧げているようです。

大原さんたちが借りた当初は、この一帯がゴミだらけで、掃除するのに何日もかかったといいます。2012年には神様の前を塞ぐようにあった幅3、4mもの大きな岩を、穴を掘って埋めたとも。

お二人とも「スピリチュアル系は苦手」とのことですが、農園を清潔にし、手入れするたびに、神様の前も美しくなっていくという現実。神頼みではなく、自分で何とかするのだ、という大幸さんの心意気が垣間見えます。

また、主力のバジル栽培における「農薬」についてもひとつ。多美子さんはこういう言葉で表現してくれました。「農業は子育てとよく似てる」。

「薬や農薬は、依存してはいけないけど、忌み嫌うものでもないですよ。私は子供が高熱を出しても、すぐに解熱剤を与えるのが最善とは思っていません。だって、それは自己治癒力の表れかもしれないから。

でも、それがインフルエンザみたいな病気だったらすぐに病院へいって治療することが不可欠ですよね。自分の身体を守るのはもちろん、周りへの伝染を防ぐ必要もある。そんな感じで農作物のことも見ています。

そういう場合の診断や薬の処方は、「害悪」ではなく、むしろ「救世主」ですよね。でも、農産物に関してはいつの頃からか、「無農薬・有機が至上」という考え方に偏ってしまいました。

だから一番大事なのは、病気にならない体力や環境を作るということ。ほんとう子供と同じなんです」と多美子さん。

ちなみに、大原農園のバジルを農水省のガイドラインに照らし合わせれば「特別栽培農産物」に相当します。それは化学肥料や農薬を減らす割合が50%以上。(参考:50%以下のものは「エコファーマーが生産した農産物」)

しかし、100%にしたとしても、有機JAS規格の認定機関から認証を得なければ「有機農産物、有機、オーガニック」と表示することは許されていません。

かといって、JAS認定のものが本当にベストか、というとそうとも言い切れないらしく、なにかと複雑です。大幸さんは、この認定制度に対して躊躇してきたようですが、お客さんの要望で「やはり申請しようか」と思いつつあるそうです。

そう、素人が俄かに聞いても本当のことがわかるまでにはとても勉強が必要です。だからいくら疑っても解決はない、というのが全国の生産者を取材してきた僕の答えのひとつです。結局、信用できる農家かどうか、に尽きると思うのです。

今回の、食事の美味しさ、子供の元気、土地への思い、神様のこと、大原さんたちの農業への姿勢、これらはすべて目には見えないものばかり。生産者も消費者も「信じる心」が重要な鍵なのではないでしょうか。

農業は相手が自然だから、いちいち駆け引きはしません。ただ、そこにかかわる人間の質が問われるのだと思います。

                                   終わり

『大原農園』