世界のごちそう『パレルモ』 店主 本山 尚義(特別編)

「店を越えた新たなステージ」

2月某日。
”今日のランチは何にしようかな”メニューを見ながら迷っていると、スタッフの木村仁美さんが「今日はポショもオススメです!」

”な、な、なんだって? その崖の上のなんとかみたいなのをください!”
彼女の笑顔につられてそれを注文しました。

本日は左側にやや年配の女性3人のお客さんがいます。本当、こちらはいつ来ても女性客が多いし、その年齢の幅も広いので、毎回新鮮な気持ちになります。

しばらく後、未体験のポショが登場。なんと、主食はライスやパンじゃなくてマッシュポテトです。

口に入れると、これがスポンジのようなふんわり感でポテトの甘みがじんわりと染みてきます。一方、上からかかるのは金時豆の赤いソースで、トマトとニンニクがしっかりと重なっており、たくましい味わい。

一口一口、かみしめるように食べていたら、本山さんがやってきていろいろと話をしてくれました。

「これはアフリカの料理で、特にウガンダの給食風のものを再現しました。本当はコーンミールやキャッサバを使うんですが、手に入りにくいのでポテトで代用しました」

”へぇ、本当にこのような食べ物があるんですね、って当たり前か。でも、僕には不思議な感覚でした。優しいけどボリューム感はばっちりあるし”

「動物性のものは使わず、カロリーは控えめ、でも栄養のバランスはよし、という料理です。実はTFTというのに参加していて、これを食べていただくことで、アフリカの子供たちの食を少しでも支えられるという企画なんです」

”そういえばTFTって前にもおっしゃってましたね。どういうものなんですか?”

「テーブル・フォー・トゥの略で、直訳だと二人の食卓という意味です。アフリカの給食1人前は約20円。ランチ880円を1回注文すると、そのうちの20円がTFTの基金へまわります。距離を越えて分かち合える画期的なプログラムですね」

”ヘルシーな料理を食べて、その上アフリカの子供にもシェアができる。めちゃめちゃ素晴らしい企画ですね。これなら世界のことが身近に感じにくい日本人でも素直にかかわることができそうです”

「そう、実はこのシステムを考えたのは日本人。今では無数の有名企業や団体、著名人たちが参加していて、アメリカにも広がっています。うちは神戸大学の学生さんたちの誘いで参加しています。

世界の人口約70億人のうち、飢えで苦しんでいる人が約10億人、一方で肥満など生活習慣病の人が約10億人いるといわれています」

”ドキッ! ということは僕、その10億人のうちの1人です。痛風と脂肪肝だから。あぁオヤジくさい。まさに僕のような人間が参加すべきプログラムですね”

「はははは・・・・そうだったんですか。でもまぁ、僕は元々”ボランティア”と聞くと、ちょっと違和感があるほうでして。だって、そこにいる人って、なんだか高揚しすぎというか得意気になる人がけっこういるじゃないですか。とはいいつつ、僕もかつてインドでボランティアに参加したことがありますけどね」

”おっと、インドでボランティアを? それは初耳ですね。すっかり食のことばかりかと”

「ふふふ・・・・・・実はコルカッタのほうで少し」

本山さんは自ら切り出そうとしないので、思わず追いかけてしまいました。
”で、どこのなんのボランティアに参加されたんですか?”

「ええ・・・・・マザーハウスってご存知ですか? マザー・テレサの家とも言われてます。そこで”死を待つ人々の家”と言って、貧困や病気で死が近い人々が最期の時を迎える施設があるんです。そこへ・・・」

まさかの答えに、僕は一瞬言葉を失いそうになりました。
”そ、そういえば聞いたことがあります・・・・・マザーハウス。世界中の人々がボランティアに駆けつけているという話を。しかし・・・・・”

怖いながらももう一言聞いてしまいました。
”そこでなにをしたんですか?”

「はい、皿洗いや、死を待つ人々と触れ合ったり・・・・・・。ほか、子供の養護施設などにも行きました。実は嫁さんと初めて出会ったのもそこなんです」

”なんと、そうでしたか。どうりで綺麗な奥さんだと思いました。ウン、やっぱり心も綺麗な人なんだ”

終始にこやかな表情の本山さんの顔を見ていると、ふとひとつのキーワードが頭の中に浮かびました。

”あ、そうです。ちょっと話がそれますけど、本山さんは阪神大震災のときはどうされたんですか。やはり被害に遭われたんでしょうか。ひょっとしたらこの前の東北の震災でもなにかお手伝いを?”

「阪神淡路大震災のとき、僕は神戸にいなかったんです。でも、実家が半壊。失ったものはけっこうありました。で、この前の東北の大震災については今すぐにでも駆けつけたかったんですが、店があるからなかなか。だから店で義援金を募ったり、靴を集めて送り届けたり。あれは本当に悲しい出来事です。今でも忘れることはありません」

”僕などはかつて、幾度かボランティアと称するものに参加したことがありますが、いつも誰か友人や知人についていく、というスタンスでした。本山さんの勇気と行動力には胸を打たれます”

僕は最後の一口を頬張りました。ふわふわとした食感一途の優しい料理、ポショ。金時豆の本名は赤インゲン豆。英語で言うとレッドキドニービーンズ。直訳では赤い腎臓のような豆、となんだかグロテスクです。

その名の通り、想像以上に食べ応えがあり、低脂肪の高たんぱく、食物繊維や炭水化物、アミノ酸もかなり豊富。ラテンアメリカなどでは主食にする国も多いようですが、まったく頷ける話です。

日本ではヘルシーだとかベジタブルというと、偏ったイメージをもたれがちですが、これは実に野趣が溢れたパワフルな味わいでした。

”ところで本山さん、最近は講演にやりがいを感じている、とおっしゃってましたね。それはどういった内容なんですか?”

「まさに世界との分かち合いがテーマです。料理をきっかけに、その国の文化や社会のことなどをメッセージしていくんです。本当、僕が世界を周ってきたのはこれをやるためだったんじゃないかと思うくらい、やりがいを感じています」

2012年の10月に訪問したという、南あわじ市の小学校で講演した時の写真や、子供たちが書いた感想文を見せてくれました。これが参加していない僕が見ても感動的。せっかくなので、一部ですが原文そのままを抜粋します。

・わたしにとってのごちそうは、料理は何でもいいからみんなで、たのしくたべることだと思います。それと、げん実は、6秒に1人の子が死亡したり戦争があったり学校に行けない子がいるからかなしいなと思いました。世界の料理をきっかけに平和になったらいいです。〜〜〜〜〜 ありがとうございました。4年1組****

・〜〜〜〜 話しをきいて、ごちそうをありがたくもらうことに気がつきました。

・世界には色々な料理があるんだなと思いました。〜〜〜アホはニンニクの事だったなんて全々気づかなかったです。

「逆にこちらがハッとさせられたり、笑わせてもらうこともあります。例えば、タイのスープで人の名前みたいなのがあるけどそれはなに? というクイズを出したら”タナカク〜ン!””いいや違うぞ、トムヤンクンだ〜!””ええっうっそ〜!”なんて感じで。みんな一瞬でひとつになれるところが素晴らしい」

元々は、人に喜ばれることが嬉しくて始めた料理。誰よりも本場本格の味を作りたくて旅に出て、それはやがて国境を越えた友情を育んでいく。で、ふと見渡せば飢餓や貧困、病気に苦しむ人々が溢れていることに気づく

そこから、TFTへの参加や、講演活動へ。本山さんのステージはますます進化しています。

最後に僕はこんな質問を投げました。
”本山さん、もしもですよ、万が一、お店がやっていけなくなったとしたらどうしますか、やはり旅に出ますか?”

「おおぅ! そうですね・・・旅と言いたいところですが、おそらく運送屋に就職するかも。稼ぎがよさそうだから。ええ、今の僕にとって一番大切なのは3人の子供と妻です。上が女の子でこの春に中学へ入学。その下が男2人。息子が大きくなったら一緒に世界へ旅にでたいなぁ」

お互い、満面の笑みで締めくくることが出来ました。とても人間臭くて、正直で、でも控えめなところは控えめな本山さん。

『パレルモ』へは毎日のように、近所の主婦から、商売人、お勤め人、遠方からは著名な写真家や旅人など、あらゆる層の人々がやってきます。

本山尚義、あらゆる人種や国境を笑顔でつなぐタフなシェフです。

おわり

『Palermo(パレルモ)』