レストラン『星月夜』店主 加藤 俊介(前編)

商店街が息を吹き返すのもまもなく

「満を持しての開業!〜再会と出会い」

「ついにレストランをオープンすることになりました!例のオーガニック素材を主に使った店です。愛知県の郊外で犬山っていう街なんですけど、隣の可児市は実は僕の故郷でもあるんです!」

”ええ!いつのまにそんなことになってるわけ?いつ開業?!”

「ええ、3月の12日を予定しています!」

これを聞いたのは2月下旬のことでした。僕は仕事が山積みでしたが、ノリノリの俊介君の声を聞いてすべてが吹き飛んでしまいました。

”よっしゃ、近いうちにそっちへ遊びに行くよ。開業準備で忙しいところをめがけて邪魔しにいくのでよろしく”

「うわ〜い、久しぶりにカワムラさんと会えますね。楽しみにしています!」

多忙のはずなのに、このような可愛げのある受け答え方をしてくれるものだから、僕は実に気分よく、前向きに、なにがなんでも行きたくなってしまうのです。

というわけでさっそく3日後の2月28日、僕は犬山へ向かいました。
駅まで迎えに来てくれた俊介君の車で現場へ直行します。名鉄の犬山駅から通りをまっすぐ西へ500mほど進み、交差店を南へ100mほどのところに店はありました。

そこは古びた商店街の一角。周囲を見渡すと古書店や金物屋は開いていますが、それ以外はシャッターが目立ちます。

「さきほど曲がった交差点を北へ行くと、どんつきが犬山城です。その道は土産物屋なんかが立ち並んでいて、土日などは大勢の人で賑わう観光ロードになります。でも、交差点から南側になるこちらに観光客が来ることはまずありません。昔はかなり栄えていたようなんですけどね」

そういわれてみると、この一見寂れた商店街はどの棟も3〜4階建てと建物自体が大きく、過去の栄華ぶりが想像できます。

俊介君の店の名前は『星月夜(ホシヅキヨ)』。
『星月夜』が入るビルは一際大きく、間口は15mほど、いや20m以上あるのではないでしょうか。奥行きはざっと50mほどあるように見えます。

入口は敷地の奥まったところで、手前を駐車場にするのだそうです。この場所は元々家具屋がはいっていた地上4階建てで、階段は幅が2mほどと広く、天井は吹き抜けになっています。

いやはや、この広さに僕は口をポカーンとあけて、ただただ遠くを眺めてしまいました。

1階の奥では数名の職人たちが店内の吹きつけを行っています。そして、塗装で白くかすんだ向こうのほうから、俊介君と年恰好がよく似た男性がこちらへ向かってきました。

俊介君の旧知の友、小島さんです。俊介君同様、物腰がおだやかで、表情が柔らか、しかし一本筋が通った強さが目の奥に感じられます。彼は設計を担当。俊介君はここの隣町、可児市の出身で、犬山に住む小島さんとは古い付き合いです。

ふたりとも30代半ば。いろんな経験を経てしっかりと吸収してきたものを、今度は自分たちが社会へ向けてアウトプットしていく、という時代を迎えようとしているわけです。

それにしても広い店です。天井もコンクリートがむき出しになっていて3m以上もあろうかと思うほど高い。向こうにはビニールでマスキングされた家具や什器の山、右奥は厨房、そして左奥が・・・・・え、なんだあれは!?忙しそうな俊介君に質問を投げかけます。

「あ、あれはピッツアの窯ですよ。僕が自分で作りました!すでに何度かテスト済みなのでいつでもスタンバイOKです!おいしいですよ〜」と、満面の笑顔で答えました。

”おいおい、ピッツアなんて作れるの?いや、そもそもこんな大きな窯を自分で作ってしまったわけ!?ほんと、へらへらと笑いながらもこういう大胆なことをやってしまうんだから、やっぱ君は凄いな〜!”

しかし、こんなに大きなビルの全てをレストランにするわけじゃないだろうし、いったいどのように使おうと考えているかが気になるところです。

「ええ、1階はレストラン。で、2階は料理研究家や生産者などを呼んでワークショップでもやろうかなと考えています。あと陶芸や木工などの作品展や映画の上映なんかもおもしろいでしょうね。3階は事務所で、4階は使用しません」

そして営業時間は昼から夕方5時まで。メインメニューはオーガニック食材をふんだんに使った料理と、自作窯で焼くピッツア。ほかにスイーツやドリンクも用意すると言います。

ただ、オーガニックといっても、堅苦しい菜食主義ではありません。第一が無農薬の有機栽培による食材であって、それ以外はできるだけ安全で健康と思われる地域の素材などを、また場合によっては魚介や肉類も使う可能性もあるとのこと。

この場所については、すでに昨年の6月頃から定期的にオーガニック食品のマーケットや料理イベントを開いてきていたそうで、つまり3月12日はグランドオープンということのようです。

いや〜それにしても俊介君の周りにはたくさんの素敵な人がいるものだ、と感心させられます。前々からそういう気配はありましたが、今回はたっぷりと話ができるので、かなり具体的なことを聞くことができます。

「あっちゃん」(小島さんのこと)。彼女の「里奈さん」。これから共に働く料理人の「安達さん」。そして俊介君が師匠としている「桂織さん」。彼女のことは僕も知っています。

俊介君と出会うきっかけを作ってくれたのが岡田桂織さん(*1)です。

(*1)岡田桂織さん。スローフード、マクロビなどという言葉が流行るずっと前から、オーガニックの食材や調味料、雑穀や豆類、元気な野菜を使った料理をやり続けてきた。現在は料理家として全国各地の料理教室を駆ける日々。著書『さしすせそ料理手帖』(主婦と生活社)

時は2009年11月22日に遡ります。当時、彼女はオーガニックレストラン『月の庭』(1996年11月21日〜2011年6月9日)を経営していました。(三重県亀山市)

実は僕と俊介君は出会ってからまだ4、5年しかたっていません。会ったのもたぶん2、3度だけです。でも、実に強い印象が残っているのです。

それは『月の庭』の創業13周年記念イベントで、僕と料理コラボをさせてもらったときのことです。俊介君は桂織さん率いる『月の庭』のメイン料理人として働いていました。

で、一枚の皿の上にお互いの料理を盛り付けていこうということになったのです。もちろん、何でもかんでも盛り合わせればいいというわけではなく、僕は俊介君の作る料理の色合いや素材、味を確認しながら、アドリブで自分の料理の味付けや展開を変えていきます。

例えば俊介君がカブの梅酢漬けとヒジキと豆の和え物を出すのなら、僕はざくざくとした歯応えと青々とした風味の小松菜のポリヤルや、甘酸っぱいカブリチャナのココナッツマリネを作ってみたり。

このときの俊介君のスピーディな仕事ぶりもそうなのですが、料理が実にインパクトが強かったのです。そう、彼の作る料理にはエゴめいたものが感じられなかったのです。

かといって主張をしていないわけではありません。どの料理からも素材そのものの味と、それらをつなぐための調味料やひと工夫された形跡が見えてくるのです。で、不思議とそれぞれからメッセージのようなものも伝わってくる。

例えば、日本の伝統や知恵の奥深さ、時には健康に無頓着な男でも自らの身体のことを考えさせられるような、そんな感じだったり。

ま、とにかく共に料理をやりあったのはこのとき1度だけでしたが、僕の中に鮮烈な記憶として残りました。で、今回の独立開業の話を聞き、慌てて駆けつけたわけです。

この記事がアップされる頃には、ひょっとしたらもう店がオープンしているかもしれません。実にいいタイミングです。

なにはともあれ、俊介君が店をオープンする。これほどにめでたいことはないし、今回はプロローグ的にその吉報と、俊介君との出会いについて書きました。

さて、次回は一気にどかどかと入り込んだ話をしましょう。俊介君の家へ突撃訪問します。どうぞお楽しみに。

つづく


『星月夜(ホシヅキヨ)』

2013年3月12日、本格オープン(取材は2月28日〜3月2日)。無農薬、有機栽培の自家農園の野菜をはじめ、地域で育てられた野菜、安全でおいしい調味料、伝統の食材などを駆使した料理が主役のレストラン。時に、生産者や料理研究家によるワークショップなども計画中。すでに昨年より定期的にイベントを開催しており、犬山を代表するオーガニックフーズの発信基地となりつつある。自家製の窯で焼くピッツアも楽しみ。他、スイーツやドリンクメニューも豊富に揃える。

●愛知県犬山市犬山西古券92
11:00〜17:00 火曜・水曜休み。夏期、冬期休暇あり。夜は予約のみ。
ごはん1200円〜。ピッツア1000〜1500円。毎週日曜日は親交の深い生産者たちの豆腐や海産物、また手作りスイーツや天然酵母パンなども販売するホシヅキマーケット開催予定。
http://hosizukiyo.jp/