レストラン『星月夜』店主 加藤 俊介(中編)

「俊介君を支えているもの」〜その1

「奥行きが50mほどあることは間違いないんですけど、1階と2階をあわせてどれくらいの坪数になるのか実はよくわかっていないんです(笑)」

たとえ犬山が名古屋の郊外で広々としているといっても、俊介君の相棒である設計担当の小島さんのそんな言葉からもよくわかるように、それはあまりにも広くて巨大な建物なのであります。

さらに、自前の窯で焼くピッツアをはじめ、選りすぐりのオーガニック食材や地域の元気な野菜を駆使した充実の食事があり、毎週のように生産者が集うマーケットや専門家によるワークショップを開催するなどと、内容も建物に負けないほどのボリューム感と濃さ。

顔はいつもニコニコとしていて、やさしげな感じの俊介君ですが、実はドエライ骨太な男だなぁと思ってしまいます。

人を蹴落として前に出ていくガツガツタイプには見えないし、先人の知恵をパクリ集めてはおいしいとこどりという狡い性格にも見えない。ましてやあっちにもこっちにもいい顔して利を貪るようにも見えない。

しかし、ただ純朴で器用というだけではここまではこられないはず。いったいぜんたい、このパワーの源はどこにあるのでしょうか。

車窓から滔々と流れ続ける木津川を眺めているうち、僕の頭はそんなことでいっぱいになっていくのでした。

店から車で10分ほどで栗栖という里に到着。ここに俊介君の家があります。いかにもな古民家というわけではないけども、昔ながらの素朴な農家の風情が溢れていました。

いやぁ〜空気が甘い。なだらかな山々に囲まれ、すぐとなりを流れる川のせせらぎが心地いいです。

家の奥のほうから、はきはきとした口調の女性の声が聞こえてきました。
「ようこそ!いらっしゃいませ〜!」。俊介君の彼女、里奈さんです。

家の中へお邪魔すると、すでに先着のお客さん2人の姿がありました。里奈さんのお友達です。彼女たちはみんな、なんだか懐かしい言葉使いをしているなぁと思ってみれば、これは三重の発音!里奈さんは三重県四日市の出身だそうです。

「彼女は陶芸の学校に通っていて(2013年2月28日時点)勉強中なんですよ。ほら、隣の部屋にいっぱいお皿が干してあるでしょ。このお皿は店で使おうと思っていて、前菜用にと考えているんです」

それは、長さ30センチほど幅10センチほどの長方形をしています。わずかに四方がそりあがっていて、気取りのないシンプルなもの。食器というものは結局なんだかんだいっても、実際にはこのようなシンプルなものが一番使いやすかったりします。

”いいね、いいね。控えめでありながらもじんわりと個性が伝わってくるなぁ”

「里奈は他にも、お菓子作りも得意なんですよ。だから店でスイーツも出そうと思っています。あ、例の三重オーガニックマーケットにも出店してるんですよ」

里奈さんを見ていると、礼儀正しいのに堅苦しさはいっさい感じられません。そして、ちゃんと自分のフィールドを確立していこうとする努力もしています。俊介君にとって何よりも心強いパートナーであることを強く感じました。

ところで三重オーガニックマーケットとは何か。僕は桂織さんから小耳にはさんだ程度で詳しいことをよくわかっていません。

「もう、楽しいのなんの!これこそが『星月夜』の原点ともいえます。毎月、第二土曜日に三重県の関宿で開催しているんですよ。僕と桂織さんの義兄である西川さんと一緒に企画しています」

関宿といえば東海道第47番目の宿場町で、往時の面影を色濃く残す町並みとして名高く、国の重要文化財にもなっています。この町で桂織さんのお姉さん夫婦がギャラリー&カフェ『而今禾』(じこんか)という店をされているのです。

『月の庭』(*2)や『而今禾』をはじめ、出店する各店のお客さん、そのまた知人の知人、さらには地域住人や観光客などと、客層は実に幅広いようです。

(*2)『月の庭』(1996年11月21日〜2011年6月9日)。三重県亀山市で岡田佳織さんと昌さんご夫妻が経営していたオーガニック系レストラン。雑穀をはじめ日本の伝統的な調理法や調味料を駆使した料理と、多様なアーティストによるイベントもしばしば開催されていた。

参加する店も、三重県内の無農薬&有機栽培農家や、天然酵母のパン屋。おとなりの奈良県の養蜂場や茶園、名古屋の無農薬栽培コーヒー店など、三重を中心とした周辺地域から、妥協のない質重視のいい店ばかり。

「どのお店も本当に魅力的なんです。もちろん『星月夜』の料理にも、ここに参加してくださっている生産者が作る素材をじゃんじゃん使っていくつもりです。そして、ホシヅキマーケットにもどんどん参加してもらおうとも!」

なるほど、これからは愛知郊外の犬山にも、三重オーガニックマーケットのような世界が広がっていくというわけですね。

”ところで、俊介君たちがやっているマーケットはなにかルールがあるの?こういっちゃなんだけど、僕は各地のオーガニック系イベントを見たり、自分も参加したりすることもあるけど、正直言ってイメージと現実の差がすごくあるので・・・・”

こういうと先まで穏やかな表情だった俊介君は、きりっと引き締めてこう返しました。

「いえ、僕たちがやるのは第一に無農薬、そして化学肥料は使っていないもの、と厳しく制定しています。ほかにも調味料だって細かく決めてます。例えば味噌なら国内産原料を使用していて添加物はゼロ、天然醸造に限るとか。さらに輸入品ならオーガニック認定を受けていて、なおかつポストハーベスト(収穫後の農薬散布)がないもの、そんな具合です」

そう聞くと、はてさてあまり現実味がないのでは、という人も出てきそうですが、実は俊介君はちゃんとプロの農家に就いて勉強をしてきた経験の持ち主だからやっぱり説得力があります。

いままで、年に1度か2度のことですが僕は電話で聞いていました。『月の庭』を卒業した後、奈良と三重の県境辺りでプロの農業の勉強をさせてもらっている、という話。もちろんそのときの僕に、取材を前提として、なんて気持ちは欠片もなく、ただただ面白い男だなと思って聞いていただけです。

話と場所を、家の裏にある俊介君の畑へ移します。こちらは1反ほどの広さで、もちろん無農薬の有機栽培。つぼみを実らせる青梗菜、青々としたわさび菜、紫色のからし菜、そして鳥に食べつくされた白菜など、色々な表情をした野菜が賑やかに植わっていました。

”確か『月の庭』が閉店したのは2011年の初夏。その頃から昨年2012年の夏まで勉強に出ていたと言ってたね?”

「そうです。でも僕は主に稲作と養鶏のほうでして、野菜作りはお世話になっていた農家のプライベート用の畑を手伝う程度でした。個人的には自然農法とか、そういう方向に興味があったんですけどね」

とはいうものの、内容を細かく聞いていくと、これはこれで実に興味がわいてきます。例えば鶏の飼料。多くは輸入物の様々なモノを混ぜた飼料を与えるそうですが、俊介君の勉強先ではトウモロコシなどを使わずに米を中心に与えているそうな。

しかも、その米がそこで栽培した無農薬米で、おまけに飼う場所は狭いゲージの中ではなく、広場に放ついわゆる平飼いというから凄い。で、そうやって育てた鶏卵はオレンジ色ではなく薄い黄色、レモンイエローの黄身になるのだとか。

また、そのようなこだわりを持った養鶏家でも、経済面を理由に1年余りで廃鶏してしまう現実があること。さらに、飼っていた鶏はその辺の地鶏とは比較にならないほど食感が硬いこと。挽肉にしたり、スープにするととてつもなく美味しく食べられること。

しかし現実には人間の食料ではなく、ドッグフードやキャットフードの材料になっていくことなどなど。

実に興味深い話の連続に、いつかまた「料理人俊介の養鶏物語」みたいな特集をしたいくらいでした。

俊介君は仕事をやめて、農業研修に通い、100%どっぷりと勉強した後、このように無農薬と有機栽培の自家菜園を実践し、その上で自らが店をもつ、というまったく潔いとしか言いようのない状態なのです。

畑は、野菜を囲むような格好で、花梨、みかん、イチジク、ブルーベリーなどの赤ちゃんとも言うべき小さな木々も植わっていました。これらが実るのも待ち遠しいです。

いくつかの野菜を収穫した俊介君が腰を上げて言いました。

「よし、今晩のおかずを考えました!カワムラさん、どうぞ家に泊まってってください。里奈もそのつもりでいますから」

何のためらいもなく、そういう言葉をスパッと言える彼らの気持ちのありように、なんだか胸がじ〜んと熱くなるのでした。

つづく

『星月夜(ホシヅキヨ)』