インドで下痢に効いたもの

1歳10カ月の丁稚ケイ、下痢悪化。

お腹が痛いのか座り込んで一晩中、泣き叫んだ。一晩で10回以上、おむつを替えただろうか。ノーテンキな愚母もさすがに心配になった。

蚊に刺されたのは右足だけで10カ所以上、赤くはれて痛々しい。

朝になって再び、4日前にもかかった総合病院へ。

前回とは違い、男性医師だった。「外で何か食べましたか?」そう訊かれた。

4日前に病院のカフェテリアで食べたピラフとモモしかない。

「細菌性胃腸炎、でしょう」。前に診てもらった女性医師とはうってかわって、そっけない答えだった。

お勧めの食事リストの紙を渡された。

下痢にお勧めは…。

真っ先に書かれていたのが「ココナッツウォーター」だった。インドらしいな。

続いてスープ、リンゴジュース、バターミルク、ヨーグルト、ヤクルト、バナナ、ホーム・フード、イオン飲料、だった。

へえ、バナナが下痢に効くなんて。便秘なら分かるけれど…。

便検査はなかった。家から「出したて」のついたおむつを持参したが、開けようともしなかった。熱、血便はない。

薬は6種類。

抗生剤、腹痛時の飲み薬、アンプルの整腸剤、ビタミン剤、虫刺され用の塗り薬だった。おまけに「目の下が白い。鉄分が不足している」とのことで、鉄剤を3カ月続けるように渡された。

心がざわざわした。

4日前にもらった薬と種類が違う。しかもたくさんあるのに、病名ははっきりしない。深刻なんだか、どうなんだか。

ふに落ちないが何もしないのも…。言われたとおりに薬を溶かし、ケイにのませようとした。大絶叫大会になった。

口をしっかり閉じてしまう。体を弓なりにして拒んだ。

私のモヤモヤが分かっているみたい。

どうしよう。そうだ。ユカ先生にすがろう。

スイス・ジュネーブで昨夏、出会った。ILO(国際労働機関)で働き、日本では小児科医でもあった。

海外に住む邦人、とりわけ母子のサポートをライフワークにしている。

ジュネーブで会ったころ「もうすぐカリブ海のトリニダード・トバゴに赴任する」と聞いていたけれど…。

久しぶりにメールを送ってみた。下痢がひどいこと、食事リストを信じていいのかどうか…。

ケイは朝はおかゆを食べ、ヤクルトを飲みたがる。一度に3本も。「欲しがるまま与えてよいものでしょうか?」書き連ねた。

すぐにトバゴから返事が来た。

ありがたい。かみしめながら急いで読んだ。

「下痢のときの食事としてココナツウォーターは良いと思います。イオン飲料のようなものですね」。

「ただ、与え方に注意してください。コップに入れて与えてはいけません。どんなものでもグビグビ飲むと必ずまた下痢します」

「まずは一口ずつあげて、何もおこらなかったら量を増やしてください」。

「バターミルク、ヨーグルトは避けるほうが無難です」

「ヤクルトは手に入るならいいと思います。日本で小児科にいたとき、小児科部長は下痢の子に薬ではなくヤクルトミルミルを勧めていました」

「何かを口にして、直後にピーっという感じではなく、また嘔吐がないのであれば、少しずつ固形のものを与えてよいと思います」

「特にバナナとかにこだわる必要はなく、油分がなくて消化のよいものなら何でも大丈夫です。(おかゆでも食パンでも・・・基本的に炭水化物ですね)。与えてみて、症状がまた悪くなったらやめる」。

「ただ、本人が食べたがらないのであれば、固形物を与える時期はできるだけ遅いほうがいいです。水分さえ足りていれば大丈夫」

「ケイくんのおなかの調子が戻ったら、本人が食べたいと訴えるでしょうから、それまで待ちましょう」。

「細菌性胃腸炎の診断については少し疑問です。蚊に刺されたことと下痢との関連は微妙ですね。蚊にたくさん刺されたアレルギーで下痢することもありますが」。

そうか、そうなんだ。

もらった薬の種類を訊かれていた。ラベルを見ながら急いでまたメールした。30分後、返事が来た。トバゴはいま何時なんだろう。時差もよく分からない。

「まずお薬ですが、抗生剤はもうやめましょう。私だったら整腸剤とビタミン剤もやめます。ヤクルトを飲んでいるのだったら整腸剤は必要ありません」。

「また、小児にビタミン剤というのも私の感覚ではほぼありえないですね。鉄剤ですが、私は自分の子にはこれもあげないでしょう」。

「目の下が白いからといって鉄剤を与えるのはちょっと信じられません。何か症状があって、きちんと検査をしてから処方するべきであって、体調の悪いときの所見で出す薬ではありません」。

「確かに鉄の不足は成長を妨げます。また、成長期はどうしても鉄分が不足しがちです。でもそれは食べ物から摂るのが基本で、この辺は千香子さんのお得意の分野でしょう。プルーンを使ったおやつとか、ほうれん草入りケーキとか。ただ、牛乳を摂りすぎると鉄分の吸収が阻害されるので気をつけてください」。

「基本的にアジアの医者はお薬を処方しすぎます。特に抗生剤は大好きで、あまり根拠なくすぐ出します。これは小児科に限りません。また処方量も日本に比べると多いので、気をつける必要があります」。

「私は不必要な薬は処方しない、なるべく薬を避ける、という方針です。これは今の日本の医療全体の傾向だと思います。実際、うちの3人の子どもは、解熱剤を飲ませたことは一度もありませんでした。肺炎で入院したときでさえ、拒否しました」。

「飲みたがるならヤクルトは3本くらいまではいいのでは。でも糖分がたくさん入っているので、そのぶん他のおやつで調整したらいかがでしょう。ただ、習慣になるとよくないですね。<今だけ特別>というのは子どもには通じません。何かでごまかしながら、少しずつ減らして、1日1本にできるといいですね」。

ハー、助かった。読みながら涙が出た。ありがたすぎる。助かりすぎる。

ひとことひとことがお守りみたい。これからもずっと、読み返すだろう。

ホッとした。薬はすべて捨てた。

ケイはその夜、まったく起きず、泣かず、下痢もしていなかった。前夜の苦しみがウソみたい。まだ下痢は続いているけれど、痛がったりはしない。

ユカ先生のアドバイスが薬より何より一番、下痢に効いた。魔法みたい。

ユカ先生は最新刊「世界のおやつ旅」にも登場する。

お礼を兼ねてトバゴへ我が子を旅立たせよう。

「郵便事情は悪いです」と先生が言うトバコへインドから…大丈夫かな。念じよう。小包を作る。無事に届きますように。