「胡椒の機が熟した」
ついに『職人味術館』が最終回を迎えました。今回を含めて取材させていただいた人の数は総勢10名。きらりと光る技とピュアな味の数々。ひとつのことに一生(命)をかけてやり抜くことの厳しさと美しさを見せていただきました。
さて、最後の華を飾るのはどなたか? なにがなんでもこの方を、と思っておりました。海外にお住まいだし、とてもお忙しい方なので、準備にたいへん時間を要しました。
名は倉田浩伸さん。『KURATA PEPPER』の代表です。ペッパー、すなわち胡椒専門店(企業)でございます。自社農園もお持ちです。えっ、胡椒屋なんてものが世の中にあるの? はい、ありました、カンボジアに。
まさか? ええ、そのまさかです、行ってまいりましたカンボジアの農園とお店に。
素晴らしかったです。そして、いろんなドラマが隠されており、いっぱいの感動もいただきました。それをみなさんにお伝えしたいと思います。
と、その前にひとつ、倉田さんとどのような流れで出合い、このたびの取材に至ったのか、前編ではその「ご縁」について語りたいと思います。どうぞお付き合いください。
最初は知人の編集者から噂を耳にしました。
「なにやら今カンボジアで胡椒が熱いらしい。品質もかなり良いのだとか。しかも、それを最初に手がけたのが日本人だって言うから放っておけない話ですよ。もちろんカワムラは知ってますよね? えっ知らないっ? そりゃ大事件だ!」
確かに大事件でした。それまで胡椒といえば「どこか遠くの国のもの」と信じきっていましたから。歴史も古く、世界中で使われているのでなにかと伝説も多い。マルコポーロや、金1グラムと等価の話は有名です。つまり夢の中のスパイスだというわけです。
でも、それを日本人の方が仕掛けている、と聞くと途端に、身近で現実的に感じるのは僕だけでしょうか。それまで遠くに感じていたカンボジアも、「な〜んだ、地図で見ればすぐそこやん!」なんて。
この噂を耳にして以来、ずっと頭の中が騒がしくなってしまいました。2012年の夏のことです。
僕はかねてから生のスパイスというものに強い興味を持ってきました。理由はわかりません。登山家ではありませんが「そこにスパイスがあるからだ」としかいいようがありません。
で、1990年代からそれなりに自家栽培もトライしてまいりました。親戚や知人の畑でいろんなものを試したり、専門農家の取材にも行きました。しかし、できるものはリーフ類が多く、シナモンやサフラン、カルダモンなど、いかにもなスパイスは風土的にやはり縁がない。
だから「日本人がカンボジアで胡椒」などと生々しい話を聞くと、いてもたってもいられなくなるわけです。
とはいえ現実は日々の忙しさでいっぱいいっぱい。実に衝撃的な話ではあるけれども、それ以上を調査する時間や考えるゆとりはなく、つい先送りになっていました。
やがて僕は一般消費者向けの輸入食料品店などへもしばしば行くようになりました。普段はスパイス問屋へ行くのですが、インド人が経営している店ということもあって、生産地は多くがインド、中国。それ以外ならベトナムやインドネシアなどが多いようです。
少なくともカンボジアの名前は耳にしたことがありません。しかし、輸入食料品店へ行くといろんな国のスパイスが売られているのですね。そんな中にカンボジア産も見かけました。そのたびに購入しては、またいろいろと試してみるのです。
だんだんとカンボジア産の胡椒と他産地のものとの違いもわかってきました。
決定的な違いはまずサイズ。他産地はだいたいが似たり寄ったりの大きさで直系3ミリ程度。たまに大きなものがあっても4ミリ前後です。
ですが、カンボジア産は4〜5ミリと明らかにひとまわり大きいのです。
また艶があります。通常はやや埃っぽいというか、白っぽさがあります。でもカンボジア産と書かれたものはどれもしっとりとしたピュアなブラックなのです。ひと言で言うと綺麗。
これらの本当の理由が、産地なのか、農法なのか、品種それとも流通方法や管理方法なのか、詳しいことはわかりません。しかし、食料品店などで見るカンボジア産胡椒はどれも先述のような上質のものでした。
こうして徐々にカンボジアに馴染みつつ、最初に噂を聞いてから2,3ヵ月が経ち、僕はプライベート出版の「スパイスジャーナルvol.11」の制作に追われ始めていました。で、そのときの特集テーマが「アジアのちゃぶ台」。
グルメの究極は家庭の味、それはつまり母の手料理であり、母の愛情の結果である、という切口です。
いわゆるオフクロの味という概念は、意外にも世界の多くの国で共通しているようで、とりあえずは「アジア」に限定した企画をおこしました。
そこで以前からの知り合いで、アケ・ヒロシ君という人物がいて、彼はNGOの仕事で現在カンボジアに在住していることを思い出したのです。
さっそく連絡を取ってみると、カンボジアは古くからの農業王国で、特に女性は畑仕事をしながら家事もするという働き者であることがわかり、この特集で取り上げることになったのです。
そして本を発行して1,2ヵ月が経った頃、ふとあのことを思い出しました。
アケ君に改めてそのことを尋ねてみると、これが、まさかまさかの答が返ってきたのです。そのときのメールの抜粋がこれです。日付は2013年2月24日。
「倉田さんとは知り合いです! 彼の胡椒農場はまだ見に行ったことないです。コッコンという場所で、ちょっと遠いのでなかなか行けず。いい機会なので取材したいところですが、次号のスケジュールはどんなですか?」
僕はエキサイトして「それは凄い縁だ!コッコンという場所か。俺も見てみたいな〜」と書いてしまいました。アケ君はすかさず「カワムラさん、カンボジア出張しますか!!僕はカメラマンで参加したいです。」と返してきました。
このようにどんどんヒートアップしていったのです。が、残念なことに今度は肝心の倉田さんが多忙でスケジュールの調整がつかず。結局、アケ君は倉田さんの畑まで撮影に行ったのですが、すぐに取り上げる状況ではなくなってしまいました。
再び忙殺の日々に戻り、気がつけば8ヶ月が経っていました。でも、神は見放さなかった(笑)。
11月のある日。大阪に『亜州食堂チョウク』という店があるのですが、こちらの店主の片倉昇さんと、「スパイスジャーナルvol.14」(2014年1月末発行予定)(*1)で、2010年創刊当初からの目標であった胡椒特集をいよいよやる、という話題で盛り上がっていました。
片倉さんは元バックパッカーで旅においては達人級。そこで以前、タイ・バンコクの市場や町で生の胡椒をよく見かけたとおっしゃるのです。で、これまた嬉しいことに、近々東南アジアへ行く用事があって、なんとタイへも行くというのです!!
この話を聞いて僕は片倉さんに写真撮影を依頼しました。しかし、いろいろと打合せをしているうちに話がエスカレートしていったのです。
「なんだったらカワムラさん、カンボジアが隣にあることやし、この際バンコクとカンボジアの両方を取材されたらどうですか!確か前に言ってませんでしたっけ、カンボジアに胡椒を作っておられる方がいるとか・・・」
”あ、それいい感じ〜! 久しぶりに海外へ出たいな〜なんて思ってたんですよ!”
こうして、ついにその時がやってきた・・・と、ひとりで確信に震えました。
で、先にカミさんに行きたいという旨を話してから、久しぶりに倉田さんに確認の連絡を入れたのです。ええ、順序が真っ逆さまです。
すると「ちょうどその頃ならプノンペンにいますよ。ぜひ取材に来てください!」と倉田さんからご快諾をいただきました。胡椒の機は熟したようです。
こうして急きょ片倉さんとバンコク行脚を、その後にカンボジアの倉田さんの取材へ行くことになりました。
目に見えないものに感謝などするたちではなかったのですが、どうも最近目には見えない「ご縁」というものに有難味を感じることが増えました。
前置きが長くなりましたが、このたびの取材はいろんな人々の「ご縁」と、「時間」という「熟成」を経て実現したものだという話をさせていただきました。
ハイ! 次回はいよいよ本場カンボジアの話を!
つづく
(*1)『スパイスジャーナルvol.14は胡椒大特集!』
カンボジア胡椒レポートとバンコクの台所レポートの超特大編集。こちらもどうぞお楽しみに!(2014年1月末発行の予定)
胡椒専門店『KURATA PEPPER』
カンボジアは元々農業王国。しかし、1970年前後から約20年間続いた内戦によって農地のほぼすべてが壊滅状態になった。倉田さんはその復興のひとつとして、元は主力農産物のひとつであった胡椒に着目。カンボジア原種を徹底した自然農法で栽培し、その品質の高さで世界各国から高い支持を受けている。本店ショップはプノンペンにある。現在は日本国内でもオンライン購入が可能に。ただしドライの胡椒のみ。
●#206e0 St.63, Boengkengkang 1, Chamkarmorn, Phnom Penh 12302
855-(0)23-726480
http://www.kuratapepper.com
●『クラタペッパー農園見学ツアー』のお知らせ(2014年2月頃)
2011年から開催しており、大使館の職員や西洋の農業大学の教授、地元のカンボジア人や日本人などが参加。日本からわざわざやってくる人もいる。収穫体験あり、お土産と食事つき、バス代込みでなんと1人20ドル!応募はクラタペッパーHPの「コンタクト」から「農園見学ツアー希望」の旨を書いて送信。