「おやつ名人」やーい。
世界中で探し回る。プロ・アマ、上手・ヘタも関係なし。作り方より味わいを彩るストーリーに出会いたい。
たとえば友人が贈ってくれた手製クッキーが味も大きさも「どアメリカ」だったとか、パリ留学時代に週3回は食べたリンゴタルトとか。
あわよくば再現してもらえたら。台所で一緒に作れたら。
シアトルでも訪ねた。
たのもーう。まずは居候先エツヤさんにお願いした。都市プランナーのヴィンス宅へ案内してもらった。
江戸っ子の妻エリカさんはグラフィックデザイナーで、独立した2人の娘さんはそれぞれミュージシャン、イラストレーターとして活躍中というアーティスト一家だった。
エリカさんはエツヤさんの30年来の友人という。
「ヴィンスが年に1回だけ、焼くクッキーなんですよ」。
へーえ、どんなのだろう。東京の友アミさんと押しかけた。彼女が渡米を決めたのは2週間前だった。生後10カ月のリリちゃん連れでやってきた。
「ゴーゴー!一緒に行きましょう」。
背中をどすこい、猛プッシュしたのは私だった。一緒に泊まってください…って私の家じゃないけれど。エツヤさん、オッケー、ノープロブレムって言いますから…って、勝手に決めつける。ナニサマじゃー。
「ほとんど親類の叔父さん状態ですね」。アミさんに笑われた。でも赤子連れオーカミ姉妹で旅するなんて、きっと2度とない。
庭の見えるダイニングで、ヴィンス夫妻は迎えてくれた。
母譲りのレシピカードを見せてもらう。大切にとってあるんだ。どんな有名店の料理だってかないっこない。
おいしさ100倍増しだわ。「こんなのに入れているんだけれど…」。
エリカさんが笑いながら、日本で現像するともらえたポケットアルバムから取り出したるは…。うわぁ、素敵。
タイプライターで打たれたセピア色のアルファベット。
「バナナナッツブレッド」「オールドファッションスタイルのマカロニ&チーズ」「オートミール・クリスプ・クッキーズ」…。
クリスマス限定で作るという「スコットランド風ショートブレッド・クッキー」を披露してもらった。
エリカさんが粉と砂糖をカップで量る。スケッパーでバターを切り込む。
砂状になったら手の出番、ボウルから台に出して棒状にする。
ここが肝心とばかり、ヴィンスが隣で口を出す。
「こねないで」「強すぎず」「弱すぎず」「もうちょっと」「穴が開くからロールしすぎないで」。
彼が2、3年前から手が痛むようになり、エリカさんが作り手になったそうだ。
生地を転がしながら言った。「まだヴィンスがそばで見ていないと、なんとなく不安で」。
2人だから作れる二人三脚クッキー、いいな。
私もやらせてもらった。いつも作るサブレは細巻きサイズだけれど、ヴィンスのクッキーは太巻きほどある。
慣れないせいか転がしづらい。四角くなってしまった。冷蔵庫で1時間ほど休ませる。1センチ幅に切ったらオーブンに入れる。ほんのり小麦色に焼き上がった。
ヴィンスがニコニコしてフライ返しで天板から網に移す。「チカコが作ったの、すぐ分かるね」。
カドが取れる日はいつだ、私自身もクッキーも…。
少し冷めてからいただいた。アミさんは言った。「チカコさんの<黙らせサブレ>にも通じますね」。本当に。黙らせサブレには卵黄が入るがそれもなし。バターと粉と砂糖だけだ。
ベーシックって何てえらいんだろう。
おしゃべりしながらパパパーッと作ったのに。1枚、また1枚と手が伸びるクッキーモンスターになる。お土産にいただいたのに結局、だれにもあげずじまいで我が胃袋に消えた。
本当においしいものは市場に出回らないのよね…って、ブレーキの壊れた我が食欲の言い訳だけれど。
「夏が最高ですよ、シアトルは」。
そうなんだろうなぁ、さわやかで。エリカさんちも6月末から7月に庭の木イチゴを摘んで冷凍しておき、9月にジャムにするのだそう。
ジャム作りの手伝いに来るのもいいな。
妄想も暴走する。
エツヤさんちの近くに小学校もあった。丁稚ケイを通わせて…って、何年先まで押しかける気じゃー。
きっとエツヤさんはあきれつつも「オッケー。We’re connecting.」って言ってくれそうな気がする。
☆ショートブレッド・クッキー(直径5センチ15枚)
バター50g、薄力粉90g、砂糖30g、塩ひとつまみ、ヴァニラビーンズ4分の1本(あれば)
1.砂糖、薄力粉、塩をふるい入れる。ヴァニラビーンズをサヤからナイフでこそげ入れる。
2.少しやわらかくしたバターをカードで切り混ぜる。砂状になったら手の出番。転がして直径4センチの棒状にする。冷蔵庫で1時間以上、冷やす。ここで冷凍しても。
3.1センチ幅に切る。オーブンシートを敷いた天板に間隔を開けて並べる。オーブンを200℃に温め、160℃に下げて15〜20分ほど焼く。
★メープルシュガーで作ったら
砂糖を同量のメープルシュガーに置き換えて。メープルシュガーが顆粒状のおかげで、まずは形づくりが楽ちん。作業しやすいです。焼き上がるとザクザクした歯ごたえに。また違ったおいしさです。